労働分配率の仮説

皆さまは、自社の労働分配率をご存知でしょうか?
労働分配率は、経営分析の指標の中でもポピュラーなので、認知度も高く、業績管理に用いられている企業も多いはず。
(労働分配率=限界利益(粗利益)に対する人件費の割合)
では、業績管理に有用な適正な労働分配率はどのくらいか・・・というのは業種によっても違いますし、その企業のビジネスモデルにも応じますので、一概には言えません。
例えば、私ども税理士業界などの専門サービス業でいえば、労働集約型のビジネスであるため、労働分配率は比較的高い傾向にあります。
これに対して、インターネット通販業界などでいえば、労働集約型のビジネスに比べて人件費の割合が少なくて済むため、労働分配率は比較的低い傾向にあります。
しかし、何かが低ければ、何かが高い・・・。
従いまして、労働分配率が低ければ一概に経常利益率が高いという訳ではありません。
上記の例でいえば、税理士業界は比較的広告費は少なくて済みますが(最近、一部では異常に高いですが・・・)、インターネット通販業界は広告費が高くつきますので。
ちなみに、TKC経営指標25年版によると、全産業の黒字企業10万社あまりの平均労働分配率は53%でした。一般的には、労働分配率は50%前後が目安と言われているため、これを裏付けることになるのでしょうか。
また、皆さんもご存じのとおり、上場企業の労働分配率と中小企業の労働分配率では意味合いが異なります。
中小企業では、節税のために経営者の役員報酬を引き上げるというのが一般的ですが、上場企業ではこの視点はまずあり得ません。
良い意味でも悪い意味でも、中小企業の役員報酬は『調整要因』であるため、正確な労働分配率が測定可能かという問題も生じます。ですから、中小企業の場合、役員報酬以外の人件費で労働分配率を計測する必要があります。
と、ここまで長々お読みいただきましたが、
このような一般的な労働分配率のお話をしたい訳ではありません。
問題なのは、「自社の労働分配率が、本来あるべき数値なのか?」ということです。
例えば、業界平均の労働分配率が60%であったとして、自社の労働分配率が50%であるとすれば、表面的には労働分配率の優良企業かもしれません。
ただし、もし、あるべき労働分配率が40%だったとしたらどうでしょう?
うちの業界は・・・とか、うちは労働集約型のビジネスだから・・・という思考が前提になると、まず自社のあるべき労働分配率は見いだせません。
表面的な労働分配率に騙されてしまいます。
そして、そこそこ経常利益が出ていると(例えば経常利益率5%前後)、「うちはこのくらいだな」と、現状が適正と誤認する場合があります。
それでは、本来あるべき労働分配率を見出すにはどうすればよいのか?
視点として必要なのは・・・
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・自社のビジネスモデルでは、社員は○○名で済むはずだ
・自社の規模では、社員は○○名で済むはずだ
・自社のビジネスモデルでは、一人あたりの労働時間は○○時間で済むはずだ
・自社の規模では、一人あたりの労働時間は○○時間で済むはずだ
・自社のビジネスモデルでは、総人員の○○%はパートやアルバイトで済むはずだ
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というような仮説を持つことです。
当然、経営者にとっては、低い人件費で、長時間労働を行ってくれることに越したことはないでしょう。
そして、実際にそう考えているはずです。
業績が悪い企業であればなおさら・・・。
しかし、この経営者の思考が、あるべき労働分配率に対して最大の障壁になります。
つまり、効率的に働けと言いつつ、非効率を助長しているのです。
また、このような仮説思考を持つと、自社のあるべきビジネスモデルや規模に歪みが出ていることに気付く場合もあります。
このような場合、当然ながら適正なペースで規模の拡大はなされません。
これは、他所に比べて給与が少ないから良いとか悪いとか、そういう問題ではなく、仮にどんなに利益が出ていても、自社のビジネスモデルの構造と規模からは、社員の人数と労働時間はこうあるべきだという視点が最も重要なのだということです。
きっと、そこには想像もしない事実が待っている可能性もあるのです。
また、人件費が非効率であると、他の固定費も比例して非効率になります。つまりムダが出るという連鎖です。
当然ながら、限界利益の半分を占める人件費を改善しない限り、他の固定費を劇的に改善できる訳がありません。
場合によっては、人件費の劇的な改善に比例して、他の固定費が劇的に増加するかもしれません。
それは、それが本来あるべき他の固定費の割合だったからです。
今までは、人件費が歪んで多くなっていたために、他の固定費も歪んで少なくなっていただけ。
あくまで、人件費がおかしいという訳ではありません。
全体的な人員配置やオペレーションがおかしい可能性があるという思考です。
そして、経営者が、「今の社員の仕事のやり方ではダメだ」という場合、社員のオペレーションを追加し、または複雑にする企業が非常に多いのが現実です。
しかし、それをやり過ぎるとどうなるのか・・・。
当然ながら、労働分配率の仮説が崩壊します。
従って、思考すべきは、自社にとって本来あるべき状態に戻すということです。
もちろん、そのためには、あるべき労働分配率の仮説に向けて、一時的にバランスを崩させるというステップは必要になります。
仮説は、企業によってそれぞれ独自のものも出てくるはずですから、今年残された1ヶ月の中で、これを思考してみてはいかがでしょうか?