事業承継の適齢期

M&AのDMが皆さまのお手元に届く機会が増えているのではないでしょうか?

「うちに興味を示している会社があるって書いてあるんだよね」

M&Aの仲介会社が上場企業の平均年収ランキングの首位を争うくらいです。全国の中小企業に思わせぶりなDMを送りまくり、バリバリ営業してきます。返事があれば儲けもんです。

また、大手仲介会社を退職・独立した小規模仲介会社が雨後の筍の如く発生しており、あの手この手を使って接触を試みます。

事業承継という名の眩しい表看板をエサに、裏では泥仕合が行われているのですから怖いものです。皆さまも弱みを突いた甘い誘惑には気をつけてください。

ただし…M&Aが事業承継のメインストリームになる日は遠くありません。国までもM&Aの検討を推奨しています。そもそも今の時代、「会社を継いでくれ!」と実子に言いきれる経営者は少ないでしょう。

ここで『2021年版 中小企業白書』から引用したデータを確認してみます。

『経営者年齢の分布』

上図は中小企業の経営者年齢の分布です(注:赤丸は追記)。2000年以降、5年単位の集計のためピーク年齢は5歳ずつズレていくのですが、2020年では60歳から75歳までピークが分散しました。これは2015年までピークを形成していた団塊の世代の経営者が引退し始めたことを意味しています。

70歳以上の経営者の割合自体は増えていることから、事業承継を実施した企業と実施していない企業が二極化していることが分かります。

なお、親族への事業承継が予定されている場合、経営者の年齢よりも後継者の力量など適切なタイミングの方が重要です。ご自身の年齢を気にする必要はありません。

それでは、親族への事業承継が予定されていない場合はどうでしょうか?

事業承継の有無とは直接関係ありませんが、中小企業白書2021年版では経営者の年齢が業績に与える影響にも言及しています。簡単にまとめると経営者年齢が高くなるほど中小企業の以下の割合が減少する傾向にあるとのこと。

  • 増収企業
  • 増益企業
  • 新規事業分野への進出の状況
  • 設備投資の実施状況
  • トライアンドエラーを許容する組織風土

「あくまで傾向でしょ!」と笑い飛ばしたくなるものの、納得できる方もいらっしゃると思われます。実際、後継者がいない60歳以上の経営者で上記5つを満たし続けるのは難しいはず。

経営者にも老後があります。引退後を見据えて守りに入り、縮小均衡に陥るのは仕方ありません。もちろん、一定の財産を保持した状態で、事業を停止・法人を解散するということであれば問題ありません。経営者が辞めたくなる時まで続ければよいだけです。

しかし、「社員もいるし、お客様もいる…」と言っている間に社員も年齢を重ね、人数も徐々に減少し…という負のサイクル。

このように迷っているくらいであれば、自社の直近10年の業績と社員数を並べ、客観的に見てください。現在はどのようなステージにいて、今後どのようなステージが待っているのかよく分かるはずです。

既にパフォーマンスが下がっているのが明らかであれば、そのデッドラインは何年後なのかを見定める必要があります。デッドラインを越えたら事業承継ができないという訳ではありませんが、その対価も厳しくなり、残された社員が苦労するのは目に見えています。

私どもにも事業承継のご相談は多いですが、漠然と「M&Aした方がよいのかな?」という感じで、決めきれない方がほとんどです。

最終的には経営者ご自身で決められる必要がありますし、周りの意見を聞きすぎても尚更迷います。そして、迷われている時点で、それほど多くの時間が残されていることはないでしょう。

年齢を重ね、事業承継をせざる得ない状況に追い込まれると、妥協の事業承継が待っており、かならず後悔します。その結果、どこに犠牲が起こるのか…よくお考えください。

事業承継は経営者の皆さまの最後の仕事です。

 

山田 拓巳

【ご挨拶】
メールマガジン『税理士セカンドオピニオン』の再登録前の配信はこれで最後になります。これまで長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。また、再登録された方におかれましては4月以降も引き続きよろしくお願いいたします。

自分の棚卸

私は1年に1度、自分の財産・債務の棚卸をおこなうことにしています。
タイミングは年末もしくは年始。例年通り今回も内容を更新しました。

最大の目的は「ある日突然、私の身になにかが起こり、いなくなったとしても家族が困らないように」。これに尽きます。

私自身50歳手前ですので、基本的には近いうちにいなくなるとは思っていませんが、相続が発生した際に残された遺族が最も困ることの1つが、「財産も債務も何があって何がないのか、何をどうすればいいのかさっぱり分からない」という状況に置かれることです。

ある日突然亡くなった場合は特に、そうした状況にご遺族が追い込まれることが珍しくありません。むしろほとんどの場合、そうなります。それが通常の勤め人とは違い財産も債務も多い傾向にある経営者であれば、なおのこと。ご遺族はパニックに陥ります。

そうした事態を避けるため、エクセルで現時点の財産・債務やクレジットカード情報などを種類ごとにまとめておき、毎年更新。印刷して家族に渡しておくのです。
遺言のような大げさなものではありませんので形式は自由です。イメージは個人の貸借対照表の整理、例えばこんな感じです。

『個人の貸借対照表』

よほど大きく財産に異動がなければ年に1回、作業には1時間もかかりません。それでいて自身の財産などを常に把握、整理できるだけでなく、急に自分がいなくなった後の家族について考える時間を持つことができます。

しかもこの作業、財布を落とした場合や書類を紛失した場合などにも役立ちます。

もちろん会社についても同じです。個人と違い会社には貸借対照表がありますが、そこには記録されていない資産や債務が存在していることが少なくありません。

例えば、皆さまよくご存じの「経営セーフティ共済(倒産防止共済)」です。

節税のために掛け金を経費処理してきたことで、簿外に掛金が積み立ててあるものの、貸借対照表にオンバランスしていないため、その存在に誰も気が付かないといったことが起こり得ます。

これも、1年に1度の決算で経理処理を変えて貸借対照表にオンバランスして顕在化させておくことや、幹部に共有しておくことで防ぐことが可能です。

こうした作業は現在の自分や会社を助けることにつながりますので年齢問わず、おすすめです。結果として、もしもの時に残された人の助けにもなるのです。

時が経つのは早く、今年もあっという間に2カ月が経ってしまいました。

ご自身の貸借対照表の整理、年に1度ぜひおこなってみてください。

物価高・賃上げ狂騒

予想以上の賃上げ圧力に辟易としている経営者の方が多いことと思われます。
空気を読む日本らしく、賃上げの波が止まりません。

ユニクロショックに続き、イオンのパート従業員の賃上げも強烈です。
もちろん、物価高も止まりません。

物価高からの価格転嫁で売上が上がり、賃金も上がって、その結果何が起きているかというと、増収・減益企業の増加です。

ここで、物価高、価格転嫁、賃上げの関係性を見てみましょう。

まず、物価高から原価が20%上がったものの、それを価格転嫁できないケース。粗利益率は50%から40%に減少。価格転嫁力が弱い中小企業にありがちで、粗利益が下がっても賃上げできるのはもともと黒字で余力がある企業のみ。増収ですらなく、単なる減益

次に、物価高から上がった原価の半分を価格転嫁できたケース。粗利益率は50%から43%に減少。価格転嫁なしに比べたらマシという程度で、粗利益が下がることは変わらず、賃上げ余力についても①のケースと変わりません。典型的な増収・減益です。基本的にはこのパターンの中小企業が多いはず。

そして、物価高分を全部価格転嫁したケース。粗利益率は50%から45%に減少。粗利益は現状維持ですが、賃上げすれば減益となることは変わりません。これも増収・減益です。それでも賃上げ分だけ考えればよいため、半分は成功したという感じでしょうか。賃上げしなければ現状維持ということになります。

最後に、価格転嫁にとどまらず、さらに5%値上げをしたケース。粗利益は10%増額したものの、粗利益率は50%から48%に減少しました。価格転嫁を含めた値上げ率は15%のため、原価の増加率20%に負けています。つまり原価の増加率(20%)と同率以上の値上げ率(20%)でない限り、粗利益率は必ず下がります。額と率で結果が異なるため、この辺は注意してください。しかし、とうとう賃上げの原資を手に入れました。

手に入れた原資をもとに、賃上げの影響を確認しましょう。最低時給でもよく使われる3%の賃上げを実施した場合です。値上げが奏功し、賃上げしても労働分配率60%が56%に改善しました。唯一の増収・増益です。

以上、ここまで物価高は原価のみという前提で試算しましたが、光熱費を含めた他の固定費なども上がっています。そのため、減益にならないためには、すべての費用の増加額を踏まえた値上げ幅を検討する必要があります。

さらには値上げの頻度です。物価高や賃上げは継続的と考える必要があるため、その分を毎年値上げし続けることができるのか、2年ごと、3年ごとが限界なのか。それによって値上げ率も変わってきます。

賃上げを数年怠れば、賃上げを続けていた競合と大きな差がついてしまう可能性があります。賃上げできずに労働時間も減らないとなれば人材流出の可能性は高まるでしょう。

ここで結論です。物価高分を100%価格転嫁しない限り、もともと原資が少ない中小企業は体力を削り取られます。そして、体力の維持・増強のためには価格転嫁以上の値上げが必要となります。それは粗利率の死守を意味し、さらにじりじりと上げ続けるということです。

このような話になると、「できる」・「できない」という問題に切り替わってしまうのですが、自社はいつまで体力が持つのかという持続性の問題として考える必要があります。

例外となるのは絶賛規模を拡大中のケースだけ。「単価 × 数」の「数」の増加ペースが物価高や賃上げを上回れば逃げ切れます。規模拡大の息切れが先か、物価高と賃上げの小康が先か、これはギャンブルです。

価格転嫁をしなければならないのは分かっている。
賃上げもしなければならないのは分かっている。
しかし、実際に影響額を試算している方は意外と少ないと考えております。

いまだけのお話ではありません。今後も続くお話です。
ぜひ皆さんの会社でも試算をされてみてください。

改善はそこからしか始まりません。

注目! 新・事業再構築補助金

ご存じのとおり、昨年12月2日に経済産業省の令和4年度第2次補正予算が成立し、大幅に内容が変更されるも令和5年度も引き続き事業再構築補助金が継続されることとなりました。

驚いたのは売上高減少要件が撤廃される成長枠の新設です。成長分野の要件を満たしていれば売上高が減少している必要はなく、新規事業を計画している多くの中小企業が対象となる可能性がありますので、ぜひ概要を知っておきましょう。

募集開始時期などの詳細はまだ公表されていませんが、今度の事業再構築補助金の予算額は5,800億円3回程度の公募が実施される予定で成長分野への転換促進、賃上げへのインセンティブ、物価高騰等で業況が厳しい事業者支援、市場規模が縮小する業種・業態からの転換支援などを目的として、枠が多数新設されています。

令和4年度の予算が6,123億円でしたので若干の(約5.3%:323億円減)縮小となってはいるものの、過去の予算を消化しきれていない可能性も高く、45%前後で推移している採択率に大きな変化はないものと考えられますので、要件を満たす場合はチャレンジしない手はありません。

『事業再構築補助金概要』

売上高減少要件が撤廃される成長枠の補助率と補助上限額は原則1/2で7000万円。対象となる事業は市場規模が10%以上拡大する業種・業態で、公募開始時に事務局で指定するとのことですが、指定された業種・業態以外でも応募時に要件を満たす業種・業態である旨のデータを提出し認められた場合には対象となり得るとのことです。

新たな要件が追加される可能性もありますが、今までの事業再構築補助金とは対象者が大きく変わり、売上高減少要件を満たせず応募を諦めていた企業にとっては大きなチャンスとなるかもしれません。

ちなみに、先月13日締め切りの第8回公募で終了するはずであった既存予算で、第9回の追加公募の実施が決定、既に公募が開始されており応募締め切りが3月24日に決まっています。

新しくなる事業再構築補助金では、通常枠の廃止や、補助上限額の変更、売上減少要件の撤廃枠の出現など現行制度と大きく変わります。企業によっては既存予算の第9回の申請と令和5年度分での申請では補助金の金額が変わるケースも出てきそうですので、新規事業を計画している企業は第9回分の申請も合わせて検討する必要があるでしょう。

さて、事業再構築補助金の応募を検討する皆さまに最後に一つだけ。

新規事業を計画している企業にとって事業再構築補助金は大きな後ろ盾になり得ることは間違いありませんが、始めから補助金ありきの事業計画には厳しい結果が待ち受けているケースが多いことを認識していなければなりません。

補助金は毒にもなり得ます。

たとえ採択が受けられずに全額自己出資となったとしても、投資回収できる見込みと、やり切るだけの覚悟が絶対に必要なのです。

『税理士セカンドオピニオン』再登録のご案内

いつもメールマガジン『税理士セカンドオピニオン』をお読みいただき、ありがとうございます。

今回は『税理士セカンドオピニオン』再登録のご案内となります。

前身のメールマガジン『裏帳簿のススメ』の配信開始から18年ほど。これまで私どもは中小企業経営者のお役に立てるよう、他の税理士では語られない切り口で情報をお届けしてきました。また、業界初の税理士によるセカンドオピニオンサービスを開始するなど、微力ながら一定の役割を担ってきたとも自負しております。

しかし、SNSを中心に、税理士による情報提供が当たり前になってきた現在、私どもが啓蒙活動を行う必要性はなくなりました。そして、中小企業の経営環境が激変する中、不特定多数の方に好き勝手書いた内容を一方的にお届けする弊害も感じておりました。

過去に何度か配信名簿の整理を行ってまいりましたが、現在でも数千件に配信しております。そのため、当社のお客様、あうんの会員様を除けば、どのような方にお読みいただいているのか分からない…というのが正直なところです。

そこで、今後はご登録者の属性を踏まえたうえで、これまで以上に提供情報に責任を持ち、本当に中小企業経営に飢えている方々にお届けしたいと考えました。これはコロナ禍での心境の変化でもあります。

つきましては、今年3月末までをメールマガジン『税理士セカンドオピニオン』の再登録期間とさせていただき、4月からは再登録者のみに配信させていただきます。

今回から「お名前」、「メールアドレス」のみならず、「生年月日」、「会社名」、「業種」、「役職」、「会社住所」の登録が必須となります。

とはいえ、私どもの基本スタンスが変わるわけではありません。これからも好き勝手言わせていただきます。それでも配信をご希望の場合は以下のフォームより再登録をお願いいたします。

 

『配信の再登録はこちらから』

 

なお、今後の配信数によって配信管理コスト程度の有料化を検討しております。予めご了承ください。

引き続き『税理士セカンドオピニオン』をよろしくお願いいたします。

贈与のセオリーが変わる

ご存じのように昨年12月23日に与党税制改正大綱が閣議決定されたことで2023年度の税制改正の大枠が固まりました。

コロナ直前の平成31年度税制改正以降、非常に小粒な改正が続いてきましたが、コロナ過で行われてきたバラマキがついに本格的な回収の段階に移行しそうです。とはいえ、先送りされた案も多く、今回は中小企業経営に直接大きな影響を与えるような改正はそれほどありません。

個人的に最も驚いたのは贈与税の相続時精算課税制度の見直しです。
詳細はこれから詰めていくことになりますが、税制改正大綱を読む限りは、これまでの贈与のセオリーを覆すかもしれない内容になっているのです。

前提として、事前の報道で概ね明らかになっていた生前贈与加算制度の見直しから確認しておきましょう。

ご存じのように暦年贈与とは、1月1日から12月31日までの1年間(暦年)で、贈与額が110万円以下ならば贈与税がかからないというしくみを用いた贈与方法を言います。110万円を超える部分に関しては贈与額に応じて贈与税がかかることになります。

亡くなる直前で「相続税逃れ」のために行われる駆け込み贈与を防止するため、見直し案では暦年贈与において、贈与を受けた日から7年以内(現行は3年以内)に贈与者(あげた人)が亡くなってしまった場合には、その生前贈与はなかったものとみなされ、贈与済みの財産が相続財産に加算されて相続税の課税対象となります。ただし、延長する4年間に受けた贈与については総額100万円までは加算されません。

『生前贈与加算』

改正後は贈与者の死亡から遡って7年間に行った贈与が相続税の計算対象となるため、贈与による節税効果が減少することは間違いありません。

次に相続時精算課税制度の概要を確認しておきましょう。

【相続時精算課税制度とは】

60歳以上の父母または祖父母から18歳以上の子・孫への生前贈与について「相続時精算課税制度」の適用を選択した場合に累計2500万円までの贈与について贈与税が非課税になり、2500万円を超える贈与については一律20%の贈与税がかかります。
制度選択した贈与者が亡くなった際には、贈与を受けた額全てが相続財産に加算されて相続税が計算されるため、基本的に節税対策には使えませんが、子や孫へ早期に財産(例:家賃収入を生む不動産など)を移したい場合に効果的です。

相続時精算課税制度については「利便性を高める」という趣旨での見直しが事前に報道されていましたが、私たち専門家が予測していたものとは大きく異なる内容でした。

現行では相続時精算課税制度を選択すると、その贈与者からの贈与については、それ以降110万円の基礎控除は使えなくなりますが、改正案では毎年110万円以下の贈与については課税されず、申告も不要になるというのです。

『相続時精算課税』

暦年贈与では相続開始前7年間の贈与が相続財産に加算されることになるのとは対照的に、相続時精算課税制度を選択すれば、驚くことに相続開始直前でも年間110万円までの贈与は相続財産に加算されない案になっています。

であれば、贈与者(あげる人)がある程度高齢になった時点や、病気などにより残された時間がそう長くないと予測された時点で相続時精算課税制度を選択するという新たなセオリーが生まれます。制度の対象となり得る子や孫が多いほど、非課税の枠が大きく使えることになります。

詳細が決まるのはこれからですので、現時点では分からない部分はありますが、節税対策としての今までの贈与のセオリーを覆す改正となりそうです。

事業承継や相続対策を必要とする中小企業経営者にとって、贈与税の改正は長期的な戦略として重要な内容ですので、詳細の行方には是非ともアンテナを張っておいてください。

今年も中小企業経営者の皆様の経営に役立つ情報を発信していきたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願い致します。

お金の増やし方について考える

なんと、目玉は『NISA』でした!

もちろん2023年度の税制改正大綱の件。経営者の皆さまに関係が深い法人税・所得税は無風とお考えいただいて結構です。

岸田首相が当初掲げた「令和版所得倍増計画」は曖昧なままですが、実際に所得を倍増するにはGDPを凄まじい勢いで上げなければならず、夢物語でした。

今度は「資産所得倍増計画」を掲げています。「貯蓄から投資へ」が合言葉ですが、これがお金について考える機会になるのであればとても良いことです。

では、早速考えてみましょう。

たとえば貯蓄1,000万円を投資、複利で運用。これを倍にするには利回り10%で8年掛かります。5%では15年、3%では24年。なかなか大変です…。

これが100万円でも1億円でも同じ期間が掛かるため、投資額が多い方が有利なのは言うまでもありません。

投資額を増やすためには貯蓄を増やす必要があり、結局は所得を増やすしかありません。なんと、所得倍増計画に戻りました!

所得を倍にする場合も理屈は同じです。年収500万円を倍にするには毎年10%の昇給で8年。5年で年収を倍にするには毎年15%の昇給が必要となり、これもなかなか大変です…。また、収入が増えても支出が増えれば、貯蓄は簡単には増えません。

最後に、これを企業経営で考えてみましょう。

内部留保1億円を倍にするには…。平均経常利益1,000万円を倍にするには…。結局は成長率に応じ、成長率が低ければ時間を掛けるしかない。すべて同じ結論です。

いわゆるスタートアップ企業は成長率20%、30%と高いレベルを求め、さらに複利効果を活かすべく資本をかき集めて投資を続けます。基本は赤字ですが、ばくちと同じですから当然のようにチップを積み上げます。外部から投資を受け、借入も保証が外れれば経営者個人としては痛くもない。ばくちを行いやすい環境も整ってきました(スタートアップへの投資に関する税制も整備されています)。良し悪しを別にすれば理屈どおりです。

いずれにしても、内部留保を目標額にまで引き上げるためには成長率と期間の掛け合わせが必要であり、期間を区切ることで必要な成長率が決まります。

「10年後に会社を10億円で譲渡したい」ということであれば、現在地から成長率で計画を立てられます。

なるほど、企業経営に置き換えてもお金について考えることは重要だということが分かります。

なお、国は学生に向けて金融教育の推進を始めています。ただし「貯蓄から投資へ」の前に「消費から貯蓄へ」の教育も改めて必要ではないでしょうか。

経営者の皆さまは、むやみに売上高を増やすよりも、ムダな費用を削った方がお金が貯まることを身をもって経験されているはず。

支出を抑えて収入を増やすからこそ、投資に回せるだけの内部留保が増えやすくなるのです。そして貸借対照表や損益計算書、その他の経営数値を用いて企業経営を正確に管理し、計画する…という当然の話に戻ります。

結局、「貯蓄から投資へ」がそのまま資産所得倍増「計画」になる訳ではありません。まず、これだけ増やしたいという具体的な目標があり、いつまでにと期限を決め、実際に行動する。あとは行動しながら目標に向かって軌道修正するしかありません。投資でも企業経営でも構造は同じです。

2023年に向けて、皆さまもお金の計画を立ててみてください。

以上、本年も『税理士セカンドオピニオン』をお読みいただき、ありがとうございました。
2023年が中小企業経営者の皆さまにとって良い年となるようお祈り申し上げます。

生前贈与

今週中にも公表される令和5年度税制改正大綱で、どうやら生前贈与加算が現在の3年から7年になりそうです。

ご存じのように、現行の生前贈与加算は「贈与を受けた日から3年以内に贈与者(あげた人)が亡くなってしまった場合には、その生前贈与はなかったものとみなされ、贈与済みの財産が相続財産に加算されて相続税の課税対象となる」制度です。

亡くなる直前で「相続税逃れ」のために行われる駆け込み贈与を防止するためのもので、この加算期間が7年になれば贈与者の死亡から遡って7年間に行った贈与が相続税の計算対象となるため、贈与による節税効果は大きく減少します。(延長する4年間に受けた贈与は総額100万円までは相続財産に加算しない案のようです。)

ただし、先に納めた贈与税は相続税から差し引くことができますので、2重に税金がかかることはありませんし、相続(遺贈)によって財産を取得しなかった者(例えば孫)への贈与が相続財産に加算されることもありません。

今回の生前贈与加算の改正案については「課税負担が重くなる期間を長くすることで、早い時期からの生前贈与を促し、子育て費用などが必要な若年層への資産移転が進みやすいようにする」ことが狙いだと説明しています。(本音は課税強化が狙いに決まっていますが)

基本的に節税だけを目的とした贈与には弊害が多いこともあって賛成しないことも多いのですが、早い時期から相続について考え備えることには賛成です。相続の準備は、なにも税金対策に限りません。

特に中小企業経営者の事業承継を考えた場合には、早くから贈与を使った対策が効果的に機能します。ものごとの結果の八割は準備で決まります。

世間のイメージとは異なり、財産がそれなりにある方の相続で揉めることは実はあまりありません。相続する側もされる側も、早い時期から対策の必要性を認識して感情の問題にも配慮しながら周到に準備を進めていくからです。

一方で「うちは揉めるほどの財産はないから」「兄弟みな仲が良いので大丈夫」と言って何も準備していない家庭ほど危うかったりします。

相続は一部のお金持ちだけの話しではありません。財産の額が少なくても必ず相続は発生します。財産も債務も誰かが引き継ぐのです。

家族の死が目の前に迫ってから初めて行われる話し合いでは、逝く側も残される側も冷静さを欠き、それぞれの想いがよりストレートに色濃く全面に出てきがちです。

人の感情はとても複雑です。差し迫った場面で行われる財産の話しには、本人はもちろん、周囲の感情も激しく揺り動かされることになります。とっくに忘れていたはずの昔の記憶もよみがえります。

家族の死を目の前にしての負の感情のぶつかり合いは、やり切れないほど悲しく切ないものです。

互いの感情に寄り添った争いのない相続とするための準備は「まだだいぶ先のことだけど・・」くらいの時期から始めてちょうどいいのです。

贈与の利用価値は節税だけに限りません。もし、個々の感情にも配慮した望ましい形で活用できるのであれば、結果として相続の際に加算の対象となってしまったとしても、それ以上の意味があるはずです。

今年も残すところあとわずか。

今年の贈与は、もうお済みですか?

経営者保証というラベル

今月、経営者保証を“実質的に制限”する改正案が金融庁から発表されました。

金融機関による中小企業向け融資に対する監督指針の改正であり、2023年4月から予定しているようです。

もちろん朗報です。

経営者保証に実質的な意味はありませんでした。しかし、いままであったものが無くなるということはトレードオフも発生するため、注意が必要になってきます…。

まず、平成25年に経営者保証のガイドラインが公表され、以下の3要件を充たせば「経営者保証なしで融資を受けられる可能性がある」、または「すでに提供している経営者保証を見直すことができる可能性がある」とされました。

【1】 資産の所有やお金のやりとりに関して、法人と経営者が明確に区分・分離されている
【2】 財務基盤が強化されており、法人のみの資産や収益力で返済が可能である
【3】 金融機関に対し、適時適切に財務情報が開示されている

ただし、あくまでガイドラインですから拘束力はありません。直近の中小企業向けの新規融資における経営者保証の割合は約7割とのことですから、有効に機能しているとは言えません。

金融庁はここにメスを入れます。

今後、金融機関が経営者保証を求める場合には、上記の3要件を踏まえ、具体的にどの部分が十分ではないのか、どこを改善すれば経営者保証の変更・解除の可能性が高まるのかを説明し、その旨を記録する義務を課すということです。

これまで金融機関は定量的な判断基準を示さずに経営者保証を求め、経営者はこれを受け入れるしかありませんでした。一方、ガイドライン公表以降は、経営者がゴネたら簡単に外れたということもありました。つまり、本来は経営者保証が必要ではない中小企業に対しても、一律に経営者保証を求めていたケースが多くあったということです。

今回の改正により、理由なく経営者保証を求められることはなく、透明性が高まるのは間違いありません。

しかし、金融機関が個別具体的に経営者を丸め込めば、これまでどおり経営者保証を求めることはできるわけです。結局は金融機関とのパワーバランスにもよるため、経営者が自ら折れることもあるでしょう。

そもそも、融資を受けなければ経営が立ち行かないという状況では、上記【2】の要件を充たせるとも思えません。経営者保証がなくなれば、融資金額が抑制される可能性もあります。金利にも影響しますし、どうしても経営者保証を外したい場合は、信用保証協会付きにして上乗せ保証料を支払うしかありません。

なお、改正の発端の一つは、日本でもっと起業を促すために経営者保証のリスクを取り除くという点にあるようです。しかし、融資金額が少なくなれば、起業しても資金繰りに困る可能性が高まります。倒産からの再出発はしやすくなるかもしれませんが、勝負を掛けたいときに資金不足に困ることもあります。これらを踏まえると、経営者保証を簡単に外すことが中小企業経営にとって最善なのか、という点は疑問が残ります。

また、3要件自体に変更はありません。あくまで3要件を充たすことが求められ、充たしていなければ状況は変わりません。

そして、定量的に判断されるということは、いままでのグレーゾーンがなくなり、白黒をはっきり付けられることになります。経営者保証の有無が対外的に公表されることはありませんが、定量的な基準が明確になれば、信用調査など、見る人が見ればすぐに分かってしまいます。

経営者保証が外れないレベルの会社、つまり財務基盤が弱いと判断される会社と重要な取引をしたいと思われるのか?

今後は下手に節税やムダ遣いをしている場合ではありません。値上げができないと嘆いている場合でもありません。確実に利益を出し、内部留保を積み増し、財務基盤を強固にすることの優先順位が高まります。

財務基盤が強固になるということは、融資を受けなくても自己資金でまかなえる可能性も高まります。同時に、経営者保証が外れ、かつ融資を受けやすくなる。

中小企業において定量的に勝ち組・負け組が明確になり、経営者保証というラベルが、これまで以上に際立つ格好になります。

以上、経営者保証の基準が明確になるということは、実はメリットだけではないことが想定されます。

繰り返しますが、これまで以上に中小企業の財務力は重視されます。皆さまの会社も準備を始めてください。経営者保証という「負け組ラベル」を貼られないよう注意する必要があります。

大きく変わるか?退職金税制

先月18日に開催された政府税制調査会の総会で、会社役員・従業員等の退職金への課税の際に適用される「退職所得控除」について、勤続年数を問わず一律にすべきという意見が出されたことが報道されました。

勤続年数が長い人ほど有利な現在の退職金税制が「雇用の流動化」を阻んでいる可能性や、働き方が多様化していることなどを理由としてあげていますが、なかなかの暴論と言わざるを得ません。要は課税強化、とにかく増税したい政府の思惑が透けて見えます。

ご存じのとおり、現在の退職金税制は勤続年数が長くなるほどに優遇されており、中小企業経営者にとっては、会社に内部留保を蓄えつつ、最終的には退職金税制の恩恵を受けて取るというのが1つのセオリーです。

『現在の退職金税制』

改正すべきとする論拠はツッコミどころ満載で納得がいくようなものではありませんが、
「退職金税制」については令和2年度の税制改正大綱の基本的考え方でも触れられており、遠くない将来に課税強化の方向で進んでいく可能性が高いでしょう。

そうなれば普段の役員報酬の取り方はもとより、経営の出口戦略の立て方にも影響が出ることは間違いなく、改正の度合いによってはM&Aや事業承継、退職時期を数年早めるといった判断を下すケースが出てくるかもしれません。

退職金税制だけではありません。税制調査会では相続税・贈与税の一体課税についても議論がなされており、次の税制改正で生前贈与加算が現在の3年から、それ以上の年数に延ばされる可能性が高くなってきました。

もちろん事業承継も相続対策も税金面の有利不利だけで動いてはいけませんが、場合によっては無視できないほどに税負担が異なってくることも事実です。

事業承継、特に中小企業の親族内承継にあっては相続対策も相まって、一朝一夕にはいきませんので、どれだけ早くから周到に準備を進めていけるかがカギになります。

準備万端とまではいかなくても方向性を定めてある程度の準備が進んでいれば、改正内容に応じた臨機応変な計画のマイナーチェンジが可能ですが、まるで進んでいないとなると、お手上げです。

中小企業経営者の多くが50代半ばに差し掛かるころから、本気で事業承継について考え出しますが、昔と違って子どもに仕事を継がせる前提で準備を進めてきている方は少数です。

私も3人の子を持つ親です。我が子には自分の好きな道を歩んで欲しいと考える気持ちはとてもよく理解できます。しかし実際に多くの経営者が、その時が近づくと思うのです。
「やはり、できれば我が子に継いで欲しい」。

時代など気にする必要はありません。もしも事業を継いで欲しいという想いが少しでもあるのであれば、できるだけ早くにその想いを伝え、我が子にもその選択肢を認識してもらいつつ、互いに必要な準備をしていくべきです。

その結果、仮に我が子への承継がないことがはっきりしたのであれば、別の方向での準備を始めていけばいいのです。
日本電産の永森氏が先月の決算発表で「後継者問題が10年遅れたことは最大のミス」と語っていたことが印象に残ります。

事業承継計画や相続対策に影響を及ぼすであろう税制改正論議が進んでいます。
どれだけ準備をしても事業承継が全て思い通りに進むことはありません。
だからこそ入念な準備が必要なのです。