赤字を出せるか?

旅行会社「てるみくらぶ」の経営破綻が話題となっています。
報道によると数年前から粉飾の疑いがあり、さらには税務署提出用と対外的説明用で決算書を複数作成し、信用調査会社には損益を非公開にしていたとのこと…。とても分かりやすい経営破綻ケースです。
職業柄、調査報告書はよく目にしますが、同一企業の調査報告書を毎年確認していくと、急に情報が非公開になることがあります。
非公開にするにはそれなりの事情がある訳で、状況が悪いという場合はその前年以前から推測可能です。
当然ながら、プロが財務諸表を見れば粉飾をしているか否かは概ね判断可能ですから、てるみくらぶも粉飾を始めた時期から非公開にしたのだと思われます。
ここ数年で粉飾騒ぎを起こしていた東芝も、さらに米国子会社の破産申請で上場廃止寸前まで追い込まれています。
粉飾が悪いという認識は万人にありますが、企業の安定的継続性のため(あるいは自己保身のため)に必要と判断して行うのでしょう…。しかし、粉飾は麻薬です。一度味を占めると断ち切るのが難しくなります。
てるみくらぶも早い段階で粉飾の連鎖を断ち切れれば、再出発が可能だったかもしれません。過去の失敗の清算という意味で、赤字を即座に出し切ることはとても重要であると考えます。
逆に、毎年絶対に黒字という結果には違和感を感じます。長年経営をしている企業に波風が立たない訳が無く、波風が立っているのに黒字を確保したというのは、単にどこかで調整を行っているだけに過ぎない場合があります。黒字を出し続けることが目的となり、結局は粉飾につながります。
大企業もダラダラと業績不振状態を続けた末に、大胆なリストラで大きな赤字を出すことがありますが、その翌年には「V字回復!!」を”演出”します。
演出という表現をするのは、先にまとめて赤字を出してしまえば翌年以降はその負担から逃れられることが分かっているからです。大したことをしなくても、結果として黒字になります。こういう面からも、赤字を出すときは一気に出し切る方がよいのです。
公開企業でもある大企業は周囲からも「リストラをするように!」と圧力が掛かりますから、最終的には赤字を出さざるを得ません。リストラをしたら支援を受けられることが分かっています。
しかし、公開圧力がない中小企業は粉飾を行いやすいこともあり、一度粉飾に手を染めると経営破綻まで赤字を出せなくなります。
今まで赤字を出されたことがないお客様が、不安から「この赤字をどうしよう…」とご相談いただくこともありますが、基本的には「そのまま赤字を出してみませんか?」とお答えするようにしています。
もちろん、残り少ない期間で打つ手を打ち、赤字を回避する場合もありますが(粉飾以外で)、赤字を「出せる」のであれば出していただく方が好ましいと考えています。
ちなみに、赤字を受けれたお客様が、その翌年さらに業績が悪化した例は見かけません。赤字を出したという事実から出発されれば、打つ手が明確になるからです。
なお、大企業によくあるリストラを行った”だけ”のV字回復企業のその後の業績を追っていけば、なだらかに下降曲線を辿っていることが分かります。
先に赤字をまとめて出してしまえば過去の負の遺産は清算できますが、そもそもの経営方針が変わらなければ、新たな負の遺産を作り上げるだけです。その後、さらにリストラを行いV字回復…。「V」ではなく、波のように「W」を繰り返しているだけです。これではシャープや東芝のように解体され続け、最終的には何の会社だか分からなくなってしまいます。
そして、赤字を出せない企業の特徴の一つに「不採算事業を止められない」があります。
てるみくらぶも不採算の本業を維持しようとした結果、経営破綻しました。
不採算事業をどれだけ継続しても赤字なのだと真に認識できれば(赤字の決算書を持って説明に回ることができれば)、経営の方向性が変わるのは必須です。外部からのアドバイスに耳を傾けることもできるでしょう。
赤字と正面から向き合える企業が最終的には生きながらえていきます。
赤字を出すにも準備が必要なのは間違いありませんが、安易に粉飾を行うのはリスクが付きまとうということも頭の片隅に置いていただければと考えます。

新「一筆」

調査官が「必要がある」と判断した場合に作成される『質問応答記録書』。
その作成趣旨については「調査において聴取した事項のうち重要なものについて、事実関係の正確性を期すために、その要旨を調査担当者と納税義務者等の質問応答形式等で作成するものである。」とされています。
これは平成25年6月に税務署が内部通達により、名称を『質問応答記録書』と定め、統一的な運用を開始したもので、要するに、調査の際に直接的な証拠がない場合などに、納税者の回答そのものを証拠とするために作成する書類で、業界では古くから「一筆」と言われてきたものです。
実は先日、私どもが顧問をさせていただいているお客様が、「取引先への調査に協力する」という場面において、『質問応答記録書』に出くわすこととなりました。
この『質問応答記録書』の本質がどういうものか、きちんと理解せずに署名捺印に応ずれば、取り返しのつかないことになってしまいかねません。
是非、この機会にきちんと理解しておきましょう。
さて、今回のことの成り行きはこうです。
A社に税務調査が入りましたが、調査の過程で代表者Bの個人口座に、私どもの顧問先C社から50万円の入金がある事実を調査官が掴みました。
しかし、代表者Bはこの入金を会社でも個人でも申告しておらず、かつ調査に非協力的であったため、調査官がその送金内容の確認のためにC社に協力の依頼をしてきたのです。
調査官からC社に対して協力依頼の電話が入った後すぐに、経理のDさんから私に連絡がありましたが、調査官が電話で話していた内容を聞いた時点で、ほぼ全容の推測ができましたので、事実をありのままに伝えるという形で税務署に協力してあげてくださいと伝えました。
真相は、代表者BがC社の商品を購入し、代金をA社の口座から振り込んで経費に計上したうえで、後にキャンセルし、その代金を個人口座に戻させることで、架空経費を作り上げていたというものでした。
当然、私どもの顧問先C社は、代表者Bのそんな思惑は知る由もなく、キャンセルの返金に応じただけですので、Dさんはその事実をありのままに調査官に伝えました。
ここで『質問応答記録書』の登場です。
後日、調査官はC社の経理Dさんの回答内容を『質問応答記録書』という形で文章に起こしてきたうえで、署名捺印を求めてきたのです。
当然Dさんは正直に事実を答えただけで、やましいことはありませんでしたが、初めてのことですので、戸惑うのも当然です。署名捺印に応じてよいものかと、すぐに私に連絡をくれました。
Dさんの回答内容が問題ないことは解っていましたが、万が一『質問応答記録書』に事実と違うことが書かれていたりすれば署名捺印に応じては絶対にいけません。
私はその場で調査官に電話を代わってもらい、私が内容を確認しないとDさんは署名捺印に応じられない旨を調査官に伝え、結果として電話口で『質問応答記録書』を調査官に読み上げてもらうという形で私が内容を確認しました。
記載内容は事実であることを再度Dさんに私から確認したうえで、署名捺印に応じても差し支えない旨を伝え、Dさんは署名捺印に応じました。
今回のケースでは、取引先への税務調査に対する税務署への協力ということで、内容的にも署名捺印に応じて全く問題のないケースでしたが、いつもそうとは限りません。
なぜなら『質問応答記録書』の本質はズバリ「課税するための客観的な証拠資料がない場合に、これをもって証拠資料とする」ことにあるからです。このことを理解せずに安易に協力してしまうと、それが原因で、みなさんにとって思いがけない、不利益な結果を招くことになりかねません。
仮に自社の税務調査において調査官が『質問応答記録書』を作成した場合、その記載内容が事実であり、修正申告に応じるつもりであれば、調査がスムーズに進み事業への影響も少なくなりますので署名捺印に応じるべきでしょう。
しかし、税務署の主張に納得していなかったり、記載内容や表現に事実と異なる点があれば話しは別です。
『質問応答記録書』は完成後に後日、訂正・変更の申立てをしても、訂正、変更等はできず、訂正、変更等の主張については新しい『質問応答記録書』を作成することによって対応することとされています。
つまり、一度完成した『質問応答記録書』は内容に誤りがあったとしても、削除されることはないのです。
税務署の主張に対して、十分に納得ができていない時点で、安易に『質問応答記録書』の作成、署名捺印に応じるようなことがないように、くれぐれも注意しなければなりません。
この書類はあくまで納税者の理解と協力を得て調査官が作成するものであり、みなさんが協力するか否かは任意なのです。