自社株の分散贈与の弊害

自社株の分散は、本当に相続税対策となり得るのでしょうか?
前回、株式の分散を防ぐ「相続人等に対する株式の売り渡しの請求」についてお伝えしました。地味ですが、とてもとても重要なお話です。
しかし、これは既に株式が分散されてしまっている場合の、緊急避難的な防御策です。時限爆弾が炸裂しても被害を最小限に抑えるための手段に過ぎません。
株式が分散していないのであれば特に気にしていただく必要はありませんが、基本的には全ての中小企業が加えるべき定款の記載事項です。
さて問題は、この条項を導入してあるからといって、株式を分散したままでよいのかという点です。
株式を贈与により分散させ、相続税の減額に成功したとしても、後に後継者は有償で買い集めなければなりません…。最終的には後継者が困る結果となり、本末転倒です。
例えば、既に兄妹間で株式が分散保有されている状態で、かつ、後継者も決まっているのであれば、徐々に株式を後継者に集めるということが可能です。
分散保有されている株式というのは基本的には贈与されたものであるため、誰も損をしておりません。従って、現オーナーの指示で分散されたであろう株式は、同じく現オーナーの指示で後継者に集中させることができます。
ただ、後継者に株式を集中する前に、贈与を指示したオーナーが亡くなったとしたら…。
贈与により異動した株式が、再び贈与により無事に戻ってくるなど甘い考えは捨ててください。生前にオーナーが株式を孫に大量に贈与しており、後々、後継者が甥や姪から有償で買い取らざるを得ないなんてことも十分に考えられます。
後継者ではなく、会社自身が自己株式として株式を買い取ることも考えられますが、そのための資金手当てを準備している会社は少ないものです。
29年度の税制改正で自社株の評価方法に変更がありました。これがどう転ぶかはケースバイケースですが、自社株対策を行わなければならないような企業の株価は上がり続けているとお考えいただくのが間違いありません。
おそらく、この1年でもかなり上がっているはずです。当社のお客様で試算を行っていますが、小手先の対策ではどうにもならないような上がり方です。いずれ下がるかもしれませんが、株価がピークのときに事が起こったら目も当てられません。
また、M&Aを視野に入れている企業にとっては、現状の株主構成はとても重要です。中小企業が事情譲渡を行うということは、換金することができないと思っていた株式が突如換金できるようになるということです。
換金できないからこそ気にしてこなかった株主構成が、換金できるとなると途端に重要な意味を持ち始めます。本来、事業承継に無関係であるはずの従業員に持たせている会社も見受けられます。
タイミングによっては、これまでゆっくりと無税で贈与してきた株式を、贈与税を払ってでも数年で一気に集めなければならない場合もあるのです。
つまり、事業承継の選択肢によって、現在の株主構成をどのように変化させていくのかというのはとても重要なのです。
なお、自社株式は後継者のみに引き継がせていくという方針の企業は問題ありませんが、この場合は逆に相続税対策が急務になります。
どれを選択してもお金が掛かりますが、事前対策によってその金額は大きく変わりますので、自社株対策をよくご検討ください。

自社株の分散を定款で防ぐ

定款は、会社設立の際に必ず作成する書類で、言わば会社の憲法にあたるものです。
それにもかかわらず、多くの方が会社設立の際に司法書士にその作成を依頼し、その後は机の引き出しにしまいっぱなしで、自社の定款にどういったことが定められているかを知りません。
繰り返しになりますが、定款は自社の憲法にあたるものです。
ほんの一文が定款に記載されているだけで自社を救うことができることがあることも、あまり知られていません。
中小企業経営者の相続で必ず生じる自社株の承継問題。
その中でも相続を原因とした株式の分散という問題を、よく見聞きします。
株式は後継者が既に決まっていれば、中小企業では通常、その後継者に集めるようにします。しかし、これが必ずしも上手くいくケースばかりではありません。
後継者が決まっていない場合や株価が高すぎる場合などに、とりあえずの相続税対策として複数の子供たち(兄弟)に分散して株式を取得させているといったケースがよくあります。
また、他に目ぼしい相続財産がないために、事業を引き継ぐ意思のない兄弟の手に株式が渡ってしまっていることもあります。
そうこうしているうちに、後継者ではない株主であるその兄弟にもしものことが起こったら、どうなるでしょう。そうです、兄弟の配偶者の手に株式が渡ってしまうということが、起こり得ます。
兄弟の配偶者といえば完全に他人です。
会社としては必要以上の株式の分散は避けたいところですが、実際には様々な事情により株式が後継者以外の人間だけでなく、あろうことか他人に分散してしまうということも十分に起こり得るのです。
分散した株式は、その株主が亡くなれば相続によってさらに分散して承継され、どんなに会社にとって望ましくない人物であろうと、会社は相続人を新たな株主として扱わざるを得ません。
会社としては、望ましくない人物に株式が相続されることは、なんとしても避けたいところですが、個人株主の相続を防ぐことはできないのです。
しかし、このような最悪の事態を防ぐことのできる、実に簡単な方法があるのです。
それは、自社の定款に次の条項を定めておくことです。
(相続人等に対する株式の売り渡しの請求)
第〇条 当会社は相続その他の一般承継により当会社の株式を取得した者に対し、
    当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる。
定款にこの定めがある場合には、相続があったことを知った日から1年以内に株主総会の特別決議を経て、会社は相続人に対して株式の売り渡しを請求することができます。
つまり、相続で望ましくない株主の手に株式が渡ってしまった際には、この条項を定めておくことで、会社の判断でこの相続人に対して株式の強制買取をすることができ、望まない株主への株式分散を防ぐことができるのです。
これは平成18年5月1日の会社法施行によって新たに作られた制度のため、それ以前に設立された会社については、定款変更をしていない限り定められていないはずです。
また、会社法施行以降に作られた法人であっても、定款作成を依頼した司法書士によっては、この条項を定めていないことも珍しくありません。
もし、自社の定款にこの条項が定められていない場合、できるだけ早急に定款変更をしてしまうことをお勧めします。
しかも、この定款変更については、設立時には必要であった公証人の認証を受ける必要もなく、変更の内容が登記事項でもないため登記申請も必要ありません。株主総会の決議を経て定款に先ほどの条項を書き加えるだけでいいのです。
当社に株式承継のご相談をいただくケースの多くは、定款にこの条項が記載されていないため、まずは定款変更をご提案させていただくことがよくあります。
繰り返しになりますが、公証人の認証も、登記も要りません。株主総会の決議を経て、ただ定款に条項を書き加えるだけでいいのです。
とりあえず今日、自社の定款を確認してみてはいかがでしょうか。