経験

私は今年、父を亡くしました。
人が1人亡くなれば、財産の多寡は別として必ず相続が発生します。
私は初めて相続の当事者になったのです。
相続、相続税に対する知識があることはもちろんのこと、今まで仕事で多くの相続を税理士という立場で経験してきましたが、当事者になってあらためて深く実感したことがいくつかあります。
・良好な関係を築いている親、兄弟の間でも相続をきっかけに、過去の出来事を含めてさまざまな感情が湧き上がる
・優先順位は税金が1番ではない
・でも、できるだけ税金は払いたくない
これらは全て、私が今回、相続の当事者になる前から仕事を通じて理屈で分かっていたことですが、当事者として経験したことで、『実感』へと変わりました。
そして、他人様の相続をお手伝いさせていただく人間として、この経験を通じて得た、『実感』が持つ意味は決して小さくないことだと理解し、税理士である私に、自らの死をもって相続を経験させてくれた父に、深い感謝の念を抱かずにはいられませんでした。
それと同時に、相続業務における今までの私のアドバイス等が、知識と間接的な経験に頼った、表面的なものでなかったか、自問する機会となりました。
経営者の多くは、税務申告を依頼するとともに、税理士事務所に対して経営の相談にのってもらえることを期待しています。
しかし、税務知識があるだけの若い担当者を充てがわれても、経営者の悩みが分かるはずもありません。
従業員を雇っていない、個人事務所の税理士には組織運営の悩みは分からないかもしれません。
そして経営者は税理士を、税理士事務所を嫌い、期待しなくなります。
私たちに足りないものは何なのでしょうか。
私は父の相続を経験し、こう思いました。
大切なのは、自らの経験を通じた、『お客様の感情へ寄り添う姿勢』。
税理士を選ぶ側にも問題があることも否めません。
なぜか税理士を決める時には、「知っている税理士はいないし、どうやって選んだらいいのか分からない」といったことを理由に、身近な知り合いの紹介などで比較的安易に決めてしまい、後悔しているケースが非常に多いのです。
ニーズは人それぞれ違いますし、税理士もみな同じではありません。
もちろん顧問料が安いことを一番に選ぶことだって間違いではありません。
申告さえきちんとやってくれればよいのであれば、顧問料の安い事務所で十分かもしれません。
その代わり、多くを求めてはいけません。
安価な顧問料の事務所は当然給料が安いので、優秀な担当者はいません。
いても数年の経験を得て、辞めます。だから担当者はしょっちゅう変わります。
もし皆さんが税理士を変えたいと考えているならば、まず何を望んでいるのかをはっきりと認識し、それなりに手間と時間をかけて自社に合う税理士を探すべきでしょう。
そして、顧問契約を検討する段階では、じかに御社の担当者となる人が、皆さんが望む業務に対してどういった「経験」を積んできたのか、聞いてみるとよいかもしれません。
悩みや苦しみは、経験した人でないと分からないのです。

事業承継のコツ

『事業承継』について、とても難しく考えている経営者が多い。
という現実があります。
実際の経営とは異なり、ご自身の判断だけではどうにでもならないという理由もあるのでしょう。基本的に勝負は一度切りですし、失敗したら目も当てられないとお考えなのかもしれません。
例えば、IPO(株式公開)を目指している経営者であれば、事業承継などは頭にないはずです。IPOの良し悪しは別として、実現すれば所有と経営の分離が大前提となるからです。その場合、考慮すべきは社長の交代のみです。能力選考であり、ドライな判断が行われます。
しかし、中小企業は所有と経営が一体であるからこその面白味があるとともに、オーナーと経営者を切り離して考えることができないために事業承継の問題が生じます。
近年では事業承継対策の一環として、中小企業でも持ち株会社を設立するケースが増えてきました。この場合、親族に後継者がいないけれども、会社は売りたくない。そして、役員や従業員を後継者に据えられるという場合にも利用価値があります。
持ち株会社化は中小企業における所有と経営の分離の一つの型ですが、短期的には良くても、中長期的にはその型を維持できるかは疑問です。それこそIPOをしてしまえば解決できますが、通常はオーナー家が絶対的な影響力を持ちますので、サラリーマン社長がどこまでやり切れるか…想像に難くありません。
やはり事業承継の勝負は一度切りです。そうであるにも関わらず、漠然と事業承継に向かって時だけが経過し、最後の最後になってどうしようか…と悩まれる方がとても多くていらっしゃる。
この点、事業承継のコツという程のものではありませんが、「最終的に会社をどうしたいのか?」と常に自問し続けるのが、事業承継の成功の確率を高めます。ここでいう成功とは金銭面のことではありません。納得して終えられるかという点が一番重要です。
いざそのときになって考えても何とかなるというのは、最大でも年商数億円レベル、従業員10人程度が限界かと考えます。
つまり、超・長期計画となりますが、毎期の事業計画を立てることと事業承継の間には大きな違いはないのです。
例えば、将来M&Aで会社を高く売りたいと考えている経営者が、会社を私物化しているようでは目も当てられません。M&Aの会社の価値の算定の際、どんどんボロが出て、想定以上に低く見積もられることでしょう。
「そうと分かっていれば、公私を分けたのに!」というのは、あまりにもお粗末です。
私どものお客様でも、事業承継について真剣に考えている経営者の年齢はバラバラで、30代の方からも真剣に相談を受けます。
中には、さすがに方向性を決めるのは早いのではないか、まだお子様も生まれたばかりだし…。という方もいらっしゃいますが、お子様が継がなかったら仕方がないにしても、継ぎたくなるような会社にしていくという確固たる意思を打ち明けられ、そのために今から準備しておくべき点について、相談を承っています。
当然のことですが、このような方々は、事業計画も短期と中期に分けてきちんと作り込みます。その先に、事業承継も見据えています。
ここまで読まれて、皆さんの中に「このような経営者の会社は、さぞ大きく立派なのだろうな」とお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、現在の事業規模は関係ありません。
年商数億円レベルのまだまだこれからの会社もあります。ですが、これからグングン伸びるのだろうなと私どもの経験からもヒシヒシと感じます。
時流に乗って、よく分からないけどいつの間にか大きくなったという会社は、時流から外れるとピタッと成長が止まり、迷走を始めます。自力で大きくなったと勘違いしてしまい、その後の準備をしっかりとせずに、さらなる成長を求めるからです。
これに対して、時流に乗ったか否かにかかわらず、着実に準備をされている会社は何事に対しても淡々と計画と実行を繰り返します。
結局は経営も事業承継も『計画と実行』。この一点に尽きるのだと考えます。
そして最後に一つ。
その会社に最後までしがみつこうとしているのは創業経営者だけであり、従業員を含めた利害関係者は意外とサラリとしているという隠れた事実は見過ごせません。
会社のことを考えたとき、何が最善か?
この問いも少しずつ温めていけるとよろしいかと考えます。