着手金の重要性

先月、M&Aの自主規制団体「一般社団法人 M&A仲介協会」が設立されました。
(M&A仲介を主に行う上場企業5社が中心)

そもそもM&A仲介は誰でも行えます。取引の性質は不動産仲介に近いものがありますが、宅地建物取引士のような国家資格は不要です。現在、中小企業のM&A仲介業者は約370社とのこと。

当社もM&Aのお手伝いを行っておりますが、仲介業者としてではなく、M&Aを希望されるお客様のアドバイザーとしての役割です。中小企業のM&Aにおいて、アドバイザーの役割を担うのは税理士事務所(またはメインバンク)が多いのですが、半数以上の税理士事務所は仲介業者に紹介しておしまい(紹介料だけもらっておしまい)。お客様の交渉には踏み込まず、オーナーが変わっても顧問税理士としてそのまま残ることを希望します。

当社はお客様が売手としてM&Aをされる場合、譲渡後の契約解除を前提とさせていただきます。売手であるお客様のアドバイザーとして買手側とタフに交渉する以上、買手である新しいオーナーの下で顧問税理士になるなど利益相反も甚だしいと考えるからです。売手のお客様は初めての経験ですし、手慣れた仲介業者と買手のペースに乗せられて、あっという間に終わってしまいます。

M&Aは、買手(主に中堅企業、大企業)が取引を繰り返すのに対して、売手は1度きり。仲介業者が得意先である買手と癒着するとどうなるか…。自主規制と自ら名乗るくらいですから、皆さまもM&A仲介業界が抱える問題について想像が及ぶことでしょう。

皆さまの下にも、さも何かありそうな感じのDMやメールが届くのではないかと思われますが、オファーの99%は撒き餌です。くれぐれも「とうとう自分に!」とは思わないでください。

さて、それなりの規模のM&A仲介会社でM&Aを行おうとすると、着手金が必要となります。ただでさえ仲介報酬は高額だと言われている中、着手金まで払わないと動いてくれません(基本的に100万円~200万円)。

しかし、近年は仲介会社の競争が激しくなり、報酬相場が下落するとともに着手金も不要になってきました。件数を増やすためには報酬を下げ、着手金を無くすというのは一つの選択肢です。

ですが、これまでの私どもの経験から考えると、着手金無しは大いに疑問があります。着手金がなくなれば、買手・売手ともに「お試し」程度で手を出し始めます。実際、着手金を無くす業者は多いのですが、その分、破談になる確率が跳ね上がったそうです。

着手金ももらわず、報酬も下げる。それで仲介会社の質が上がる…とは誰も思わないでしょう。より無難な仲介が増え、仲介会社は買手側に寄り添っていきます。損をするのは売手だけ。

分かりやすく言えばこういうことです。

  • 報酬を下げる → 何かを省く
  • 着手金が無い → 急いで動く必要がない、責任もない

その結果、M&A後も問題が残る…。
今回はM&Aのケースでお伝えしましたが、これはどの仕事でも同じはず。

基本的にお金と質は比例します。本来、着手金(前金)をしっかりもらわないといけない仕事でも、遠慮したり、仕事を取りたいがためにもらわないケースを見かけます。

着手金は責任ですし、迅速に動きはじめるトリガーです。

「お客様の負担になるから…」

中には、このようにお考えの方がいらっしゃるかもしれませんが、その分、自らが負担を負っているはずです。それが本当に正しい取引でしょうか? 責任逃れの言い訳にしていないでしょうか?

自主規制が自己防衛になっては意味がありません。

M&A仲介業界には規制して欲しいものが数多くありますが、お金のハードルを下げることによって質を下げることだけは行って欲しくはありません。

会社はモノではないのです。
質を担保してもらうためにも、もらうべきものはもらっていただきたい。

そして、これは全ての仕事に言えることではないでしょうか。

お客様を選ぶ

新橋で居酒屋を経営する女将が出版した本を紹介するネット記事を読みました。
コメント欄は大荒れ、さながら大炎上です。このお店に行ったことがあるなしに関わらず、その多くが、このお店の姿勢を批判するものでした。

しかし、私は全く別の感想を持ちました。
「うまいことスクリーニングしたなぁ」

本も買って読んでみました(藤嶋由香『一緒に飲みたくない客は断れ!』ポプラ社)が、著者の女将が言うところの「非常識な居酒屋経営術」は、至ってまとも。まずはこのお店の基本的な考え方の一部をご紹介します。

  • 居酒屋という心のやすらぎの場を提供するために、お店ではまず「お客様を選ぶ」
  • お店を本当に愛してくれる少数のファンさえいれば、多くのお客様を集める必要はない
  • その数は100人でよく、100人であれば顔や名前、いつもどんな料理を食べるのか分かり、お客様が満足するサービスができる
  • 良質なお客様を大切にし、大切なお客様だけを選び、もっと幸せにする

そして、お店が実行しているのが次のことです。

  • 本当に美味しいものを、心も寄り添えるサービスとともに適切な価格で提供する
  • 安売りはしない
  • 基本的に2軒目以降のお客様、おなかいっぱいのお客様にはご遠慮いただく
  • 4名テーブルは2名でなく4名で利用いただき、5名だけど空席を待つなら4名席でいいというお客様をお通しして回転を高める
  • 2時間制を徹底する

口コミなどを見ていると、ご利用いただく時間、テーブル人数の徹底ぶりや価格に関して少なくない不満がつづられている一方で、味に対する評価は高く、常連客を中心とした多くのファンがいることも分かります。

女将は言い切ります。
「ご理解いただけないお客様には二度と来店していただかなくて結構だと思っています。」

居酒屋で飲食する全ての人をお客様だとは考えていないことを公言してしまったこのお店には、結果として以前にも増して多くのアンチが存在しています。もちろん、そのこと自体は嬉しいことではないでしょう。

しかし、お店が歓迎しないお客様は、これまでよりもさらに来なくなり、スクリーニングは大成功なはずです。

きっと、今日もこのお店に来店するのは、その方針を理解し「他の居酒屋より少し高いお金を払って、他では食べられない正真正銘の朝締めの肉をたくさん食べて飲んで2時間でパッと帰りたい」ファンの皆さま、お店にとって良質かつ大切なお客様です。

安売り⇒質の良くないお客様が増える⇒スタッフが疲弊する⇒利益が出ない⇒お客様をもっと増やそうと安売り⇒質の良くないお客様がさらに増える⇒スタッフがさらに疲弊する⇒・・・

このありがちな無限ループから抜け出すには、まずは自社にとっての「お客様の定義と選別」ができていなければなりません。

一方でお客様を選ぶには経営者はもちろん、スタッフにも覚悟が必要です。

私が通勤で毎日前を通る、この居酒屋さん。今夜も常連と思しきお客様で一杯です。