事業承継の適齢期

M&AのDMが皆さまのお手元に届く機会が増えているのではないでしょうか?

「うちに興味を示している会社があるって書いてあるんだよね」

M&Aの仲介会社が上場企業の平均年収ランキングの首位を争うくらいです。全国の中小企業に思わせぶりなDMを送りまくり、バリバリ営業してきます。返事があれば儲けもんです。

また、大手仲介会社を退職・独立した小規模仲介会社が雨後の筍の如く発生しており、あの手この手を使って接触を試みます。

事業承継という名の眩しい表看板をエサに、裏では泥仕合が行われているのですから怖いものです。皆さまも弱みを突いた甘い誘惑には気をつけてください。

ただし…M&Aが事業承継のメインストリームになる日は遠くありません。国までもM&Aの検討を推奨しています。そもそも今の時代、「会社を継いでくれ!」と実子に言いきれる経営者は少ないでしょう。

ここで『2021年版 中小企業白書』から引用したデータを確認してみます。

『経営者年齢の分布』

上図は中小企業の経営者年齢の分布です(注:赤丸は追記)。2000年以降、5年単位の集計のためピーク年齢は5歳ずつズレていくのですが、2020年では60歳から75歳までピークが分散しました。これは2015年までピークを形成していた団塊の世代の経営者が引退し始めたことを意味しています。

70歳以上の経営者の割合自体は増えていることから、事業承継を実施した企業と実施していない企業が二極化していることが分かります。

なお、親族への事業承継が予定されている場合、経営者の年齢よりも後継者の力量など適切なタイミングの方が重要です。ご自身の年齢を気にする必要はありません。

それでは、親族への事業承継が予定されていない場合はどうでしょうか?

事業承継の有無とは直接関係ありませんが、中小企業白書2021年版では経営者の年齢が業績に与える影響にも言及しています。簡単にまとめると経営者年齢が高くなるほど中小企業の以下の割合が減少する傾向にあるとのこと。

  • 増収企業
  • 増益企業
  • 新規事業分野への進出の状況
  • 設備投資の実施状況
  • トライアンドエラーを許容する組織風土

「あくまで傾向でしょ!」と笑い飛ばしたくなるものの、納得できる方もいらっしゃると思われます。実際、後継者がいない60歳以上の経営者で上記5つを満たし続けるのは難しいはず。

経営者にも老後があります。引退後を見据えて守りに入り、縮小均衡に陥るのは仕方ありません。もちろん、一定の財産を保持した状態で、事業を停止・法人を解散するということであれば問題ありません。経営者が辞めたくなる時まで続ければよいだけです。

しかし、「社員もいるし、お客様もいる…」と言っている間に社員も年齢を重ね、人数も徐々に減少し…という負のサイクル。

このように迷っているくらいであれば、自社の直近10年の業績と社員数を並べ、客観的に見てください。現在はどのようなステージにいて、今後どのようなステージが待っているのかよく分かるはずです。

既にパフォーマンスが下がっているのが明らかであれば、そのデッドラインは何年後なのかを見定める必要があります。デッドラインを越えたら事業承継ができないという訳ではありませんが、その対価も厳しくなり、残された社員が苦労するのは目に見えています。

私どもにも事業承継のご相談は多いですが、漠然と「M&Aした方がよいのかな?」という感じで、決めきれない方がほとんどです。

最終的には経営者ご自身で決められる必要がありますし、周りの意見を聞きすぎても尚更迷います。そして、迷われている時点で、それほど多くの時間が残されていることはないでしょう。

年齢を重ね、事業承継をせざる得ない状況に追い込まれると、妥協の事業承継が待っており、かならず後悔します。その結果、どこに犠牲が起こるのか…よくお考えください。

事業承継は経営者の皆さまの最後の仕事です。

 

山田 拓巳

【ご挨拶】
メールマガジン『税理士セカンドオピニオン』の再登録前の配信はこれで最後になります。これまで長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。また、再登録された方におかれましては4月以降も引き続きよろしくお願いいたします。

物価高・賃上げ狂騒

予想以上の賃上げ圧力に辟易としている経営者の方が多いことと思われます。
空気を読む日本らしく、賃上げの波が止まりません。

ユニクロショックに続き、イオンのパート従業員の賃上げも強烈です。
もちろん、物価高も止まりません。

物価高からの価格転嫁で売上が上がり、賃金も上がって、その結果何が起きているかというと、増収・減益企業の増加です。

ここで、物価高、価格転嫁、賃上げの関係性を見てみましょう。

まず、物価高から原価が20%上がったものの、それを価格転嫁できないケース。粗利益率は50%から40%に減少。価格転嫁力が弱い中小企業にありがちで、粗利益が下がっても賃上げできるのはもともと黒字で余力がある企業のみ。増収ですらなく、単なる減益

次に、物価高から上がった原価の半分を価格転嫁できたケース。粗利益率は50%から43%に減少。価格転嫁なしに比べたらマシという程度で、粗利益が下がることは変わらず、賃上げ余力についても①のケースと変わりません。典型的な増収・減益です。基本的にはこのパターンの中小企業が多いはず。

そして、物価高分を全部価格転嫁したケース。粗利益率は50%から45%に減少。粗利益は現状維持ですが、賃上げすれば減益となることは変わりません。これも増収・減益です。それでも賃上げ分だけ考えればよいため、半分は成功したという感じでしょうか。賃上げしなければ現状維持ということになります。

最後に、価格転嫁にとどまらず、さらに5%値上げをしたケース。粗利益は10%増額したものの、粗利益率は50%から48%に減少しました。価格転嫁を含めた値上げ率は15%のため、原価の増加率20%に負けています。つまり原価の増加率(20%)と同率以上の値上げ率(20%)でない限り、粗利益率は必ず下がります。額と率で結果が異なるため、この辺は注意してください。しかし、とうとう賃上げの原資を手に入れました。

手に入れた原資をもとに、賃上げの影響を確認しましょう。最低時給でもよく使われる3%の賃上げを実施した場合です。値上げが奏功し、賃上げしても労働分配率60%が56%に改善しました。唯一の増収・増益です。

以上、ここまで物価高は原価のみという前提で試算しましたが、光熱費を含めた他の固定費なども上がっています。そのため、減益にならないためには、すべての費用の増加額を踏まえた値上げ幅を検討する必要があります。

さらには値上げの頻度です。物価高や賃上げは継続的と考える必要があるため、その分を毎年値上げし続けることができるのか、2年ごと、3年ごとが限界なのか。それによって値上げ率も変わってきます。

賃上げを数年怠れば、賃上げを続けていた競合と大きな差がついてしまう可能性があります。賃上げできずに労働時間も減らないとなれば人材流出の可能性は高まるでしょう。

ここで結論です。物価高分を100%価格転嫁しない限り、もともと原資が少ない中小企業は体力を削り取られます。そして、体力の維持・増強のためには価格転嫁以上の値上げが必要となります。それは粗利率の死守を意味し、さらにじりじりと上げ続けるということです。

このような話になると、「できる」・「できない」という問題に切り替わってしまうのですが、自社はいつまで体力が持つのかという持続性の問題として考える必要があります。

例外となるのは絶賛規模を拡大中のケースだけ。「単価 × 数」の「数」の増加ペースが物価高や賃上げを上回れば逃げ切れます。規模拡大の息切れが先か、物価高と賃上げの小康が先か、これはギャンブルです。

価格転嫁をしなければならないのは分かっている。
賃上げもしなければならないのは分かっている。
しかし、実際に影響額を試算している方は意外と少ないと考えております。

いまだけのお話ではありません。今後も続くお話です。
ぜひ皆さんの会社でも試算をされてみてください。

改善はそこからしか始まりません。

お金の増やし方について考える

なんと、目玉は『NISA』でした!

もちろん2023年度の税制改正大綱の件。経営者の皆さまに関係が深い法人税・所得税は無風とお考えいただいて結構です。

岸田首相が当初掲げた「令和版所得倍増計画」は曖昧なままですが、実際に所得を倍増するにはGDPを凄まじい勢いで上げなければならず、夢物語でした。

今度は「資産所得倍増計画」を掲げています。「貯蓄から投資へ」が合言葉ですが、これがお金について考える機会になるのであればとても良いことです。

では、早速考えてみましょう。

たとえば貯蓄1,000万円を投資、複利で運用。これを倍にするには利回り10%で8年掛かります。5%では15年、3%では24年。なかなか大変です…。

これが100万円でも1億円でも同じ期間が掛かるため、投資額が多い方が有利なのは言うまでもありません。

投資額を増やすためには貯蓄を増やす必要があり、結局は所得を増やすしかありません。なんと、所得倍増計画に戻りました!

所得を倍にする場合も理屈は同じです。年収500万円を倍にするには毎年10%の昇給で8年。5年で年収を倍にするには毎年15%の昇給が必要となり、これもなかなか大変です…。また、収入が増えても支出が増えれば、貯蓄は簡単には増えません。

最後に、これを企業経営で考えてみましょう。

内部留保1億円を倍にするには…。平均経常利益1,000万円を倍にするには…。結局は成長率に応じ、成長率が低ければ時間を掛けるしかない。すべて同じ結論です。

いわゆるスタートアップ企業は成長率20%、30%と高いレベルを求め、さらに複利効果を活かすべく資本をかき集めて投資を続けます。基本は赤字ですが、ばくちと同じですから当然のようにチップを積み上げます。外部から投資を受け、借入も保証が外れれば経営者個人としては痛くもない。ばくちを行いやすい環境も整ってきました(スタートアップへの投資に関する税制も整備されています)。良し悪しを別にすれば理屈どおりです。

いずれにしても、内部留保を目標額にまで引き上げるためには成長率と期間の掛け合わせが必要であり、期間を区切ることで必要な成長率が決まります。

「10年後に会社を10億円で譲渡したい」ということであれば、現在地から成長率で計画を立てられます。

なるほど、企業経営に置き換えてもお金について考えることは重要だということが分かります。

なお、国は学生に向けて金融教育の推進を始めています。ただし「貯蓄から投資へ」の前に「消費から貯蓄へ」の教育も改めて必要ではないでしょうか。

経営者の皆さまは、むやみに売上高を増やすよりも、ムダな費用を削った方がお金が貯まることを身をもって経験されているはず。

支出を抑えて収入を増やすからこそ、投資に回せるだけの内部留保が増えやすくなるのです。そして貸借対照表や損益計算書、その他の経営数値を用いて企業経営を正確に管理し、計画する…という当然の話に戻ります。

結局、「貯蓄から投資へ」がそのまま資産所得倍増「計画」になる訳ではありません。まず、これだけ増やしたいという具体的な目標があり、いつまでにと期限を決め、実際に行動する。あとは行動しながら目標に向かって軌道修正するしかありません。投資でも企業経営でも構造は同じです。

2023年に向けて、皆さまもお金の計画を立ててみてください。

以上、本年も『税理士セカンドオピニオン』をお読みいただき、ありがとうございました。
2023年が中小企業経営者の皆さまにとって良い年となるようお祈り申し上げます。

経営者保証というラベル

今月、経営者保証を“実質的に制限”する改正案が金融庁から発表されました。

金融機関による中小企業向け融資に対する監督指針の改正であり、2023年4月から予定しているようです。

もちろん朗報です。

経営者保証に実質的な意味はありませんでした。しかし、いままであったものが無くなるということはトレードオフも発生するため、注意が必要になってきます…。

まず、平成25年に経営者保証のガイドラインが公表され、以下の3要件を充たせば「経営者保証なしで融資を受けられる可能性がある」、または「すでに提供している経営者保証を見直すことができる可能性がある」とされました。

【1】 資産の所有やお金のやりとりに関して、法人と経営者が明確に区分・分離されている
【2】 財務基盤が強化されており、法人のみの資産や収益力で返済が可能である
【3】 金融機関に対し、適時適切に財務情報が開示されている

ただし、あくまでガイドラインですから拘束力はありません。直近の中小企業向けの新規融資における経営者保証の割合は約7割とのことですから、有効に機能しているとは言えません。

金融庁はここにメスを入れます。

今後、金融機関が経営者保証を求める場合には、上記の3要件を踏まえ、具体的にどの部分が十分ではないのか、どこを改善すれば経営者保証の変更・解除の可能性が高まるのかを説明し、その旨を記録する義務を課すということです。

これまで金融機関は定量的な判断基準を示さずに経営者保証を求め、経営者はこれを受け入れるしかありませんでした。一方、ガイドライン公表以降は、経営者がゴネたら簡単に外れたということもありました。つまり、本来は経営者保証が必要ではない中小企業に対しても、一律に経営者保証を求めていたケースが多くあったということです。

今回の改正により、理由なく経営者保証を求められることはなく、透明性が高まるのは間違いありません。

しかし、金融機関が個別具体的に経営者を丸め込めば、これまでどおり経営者保証を求めることはできるわけです。結局は金融機関とのパワーバランスにもよるため、経営者が自ら折れることもあるでしょう。

そもそも、融資を受けなければ経営が立ち行かないという状況では、上記【2】の要件を充たせるとも思えません。経営者保証がなくなれば、融資金額が抑制される可能性もあります。金利にも影響しますし、どうしても経営者保証を外したい場合は、信用保証協会付きにして上乗せ保証料を支払うしかありません。

なお、改正の発端の一つは、日本でもっと起業を促すために経営者保証のリスクを取り除くという点にあるようです。しかし、融資金額が少なくなれば、起業しても資金繰りに困る可能性が高まります。倒産からの再出発はしやすくなるかもしれませんが、勝負を掛けたいときに資金不足に困ることもあります。これらを踏まえると、経営者保証を簡単に外すことが中小企業経営にとって最善なのか、という点は疑問が残ります。

また、3要件自体に変更はありません。あくまで3要件を充たすことが求められ、充たしていなければ状況は変わりません。

そして、定量的に判断されるということは、いままでのグレーゾーンがなくなり、白黒をはっきり付けられることになります。経営者保証の有無が対外的に公表されることはありませんが、定量的な基準が明確になれば、信用調査など、見る人が見ればすぐに分かってしまいます。

経営者保証が外れないレベルの会社、つまり財務基盤が弱いと判断される会社と重要な取引をしたいと思われるのか?

今後は下手に節税やムダ遣いをしている場合ではありません。値上げができないと嘆いている場合でもありません。確実に利益を出し、内部留保を積み増し、財務基盤を強固にすることの優先順位が高まります。

財務基盤が強固になるということは、融資を受けなくても自己資金でまかなえる可能性も高まります。同時に、経営者保証が外れ、かつ融資を受けやすくなる。

中小企業において定量的に勝ち組・負け組が明確になり、経営者保証というラベルが、これまで以上に際立つ格好になります。

以上、経営者保証の基準が明確になるということは、実はメリットだけではないことが想定されます。

繰り返しますが、これまで以上に中小企業の財務力は重視されます。皆さまの会社も準備を始めてください。経営者保証という「負け組ラベル」を貼られないよう注意する必要があります。

インボイス制度対応の実務について、ひと言

皆さまの会社にも、取引先から「適格請求書発行事業者の登録番号」の通知や、状況確認の書類が届き始めていることと思われます。

ここで気になるのは、それが郵送、FAX、メールなどで、ご丁寧に行われている点です。
取引先が100社あれば、100社に向けてそれを行っている…。

まず、法人については「法人番号」というものが割り振られていることはご存じのとおり。
この法人番号は国税庁のサイトで簡単に検索できます。

  ⇒ 『国税庁 法人番号公表サイト』

そして、インボイスの登録番号は法人番号の先頭に『』を付けただけです。つまり、法人番号が分かれば登録番号も分かります。ただし、その法人が現時点で登録しているかどうかまでは分からないため、同じく国税庁のサイトで登録の有無を確認できます。

  ⇒ 『国税庁 適格請求書発行事業者公表サイト』

ここで登録されていることを確認できれば、わざわざ取引先に問い合わせる必要はありません。そうであるにもかかわらず、郵送でやり取りする必要があるのか…という点がとても気になっています。

「とはいえ、取引先が100社あれば、自分で100社分検索するのも面倒だろう?」

いえ…、紙で取得した番号をわざわざ手で入力する方が面倒だと思われます(入力しないのであれば取得の必要もありません)。公表サイトのデータであればコピペで済みます。なお、気の利いた事業者は自社のホームページで登録番号を公表しています。隠すものでもありませんし、取引先から問い合わせがあれば「ホームページを見てね」と言ってしまえば終わりです。

基本的に、消費税の免税事業者(おおむね売上高が1,000万円未満)ではない限り、登録しないというケースはほぼ無いとお考えいただいて結構です。

つまり、インボイス制度に乗ってこないのは、消費税の納税のメリットがない特殊な事業を行う事業者、および個人事業者を中心とした売上高が1,000万円未満の小規模零細事業者となります。

このような可能性がある事業者と取引がある場合には、個別で確認が必要かもしれませんが、それ以外の事業者は確認すら不要ではないかと考えています。少なくとも1年後からは請求書などに必ず登録番号が記載されるため、事後的な対応でも問題ないのです。

また、取引先にこのような通知を行うことは「必ず登録してね!」と圧力を掛けていることと同じです。それなりの規模の企業にこのような通知を送るのはそもそも失礼ですし(気を付けてくださいね…)、小規模零細事業者に対しては圧力以外の何物でもありません。

「登録しないと取引しないぞ!」

本来は消費税の納税を行う必要が無い規模なのに、取引の継続を人質に取るような手法が今の時代に合っているのかという点は、気に留めていただく必要があります。

優秀な方が副業などで数百万円程度を稼いでいる場合も同じです。このような方に圧力を掛けても意味がありません。すぐに登録番号無しを容認してくれる取引先に乗り換えるでしょう。

この登録番号の取り扱い一つとっても、その企業のスタンスが垣間見えます。とくに個人事業の方との取引が多い場合は、炎上しかねませんのでご注意を。

インボイス制度は消費税だけの問題ではないのです。
大切な取引先とは丁寧なコミュニケーションを行われてください。

創業者の後継問題

日本電産、永守さんの後継候補が退任との報道…。
毎度のことですが、カリスマ創業者からのバトンタッチは一大事です。

ユニクロの柳井さん、ソフトバンクGの孫さんも後継者問題についてよく取り上げられていますね。

ちなみに、現在の3人のご年齢は以下のとおり。
 ・永守さん(78歳)
 ・柳井さん(73歳)
 ・孫さん(65歳)

あまりにも高い経営目標を掲げるゆえに、この3人の経営者は「大ぼら3兄弟」と呼ばれているそうです。同じように成果を出す人材のみが後継者ということなのでしょう。

この3社の後継者問題をややこしくしているのは、3兄弟の体力が衰えても自分の手足として動く忠実で優秀な部下がそろっているという点です。今回の日本電産も大番頭の73歳の幹部が中継ぎを引き受けるとのこと。これがカリスマとして君臨しつづける仕組みでもあります。

しかし、忠実、かつ優秀であるがゆえに後継者となるような部下はおらず、3社とも外部から招聘しては失敗するという皮肉…。

自分が求めている方向性で成果が出なければクビ。
自分と方向性が異なればクビ。

自分が求めている方向性で、自分並みに成果を出したときに合格。
ですが、それは無理筋ということはご本人たちも分かっているはず。

仮に後継者が業績を伸ばせるとしたら、節目でいち早く引き継いだ場合のみ。基本的にイケイケドンドンの時期に後継するなどあり得ません。失敗も目に見えています。そのため、ここまで来くると3社の株価が低迷をつづけたタイミングでしか退任は難しいかもしれません。結果が出るかは別として、仕切り直しは後継者の専売特許ですので。

一方、中小企業は後継者問題の先送りが破滅に直結します。そもそも、自分の手足として動けるような忠実で優秀な部下はいません。いたとしても一人か二人。もちろん後継者にはなり得ません。経営者の体力の衰えがそのまま会社の急激な衰退につながります。

中小企業こそ社内昇格など夢のまた夢ですから、親族が継がないのであれば早めに外部に引き継いでもらい、存続を優先しなければなりません。3社とは異なり、事業承継の時期に会社が下降曲線を描いていたら目も当てられません。

なお、日本電産の報道と同じ時期に稲盛さんが亡くなられました。同じくカリスマと称された稲盛さんは50代半ばで京セラの社長を退任し、73歳で取締役も完全に退任されています。現KDDIを含め、創業した会社に固執することなく、道筋をつけた上で、きれいに身を引いてきました。時代が少し違うとはいえ、やはり対照的です。

稲盛さんは創業した京セラの社長を退任されても、最後はJALの会長まで引き受け、経営者として活動をつづけられたのは周知のとおり。

後継者問題を引っ張りつづける大ぼら3兄弟が引退した後、この3社の5年後、10年後がどうなっているのか見ものです。その結果によって、カリスマ創業者としての最終的な評価が下されるのでしょう。

中小企業の経営者である皆さまも、体力の限界まで事業承継問題を引っ張らず、自社が下降曲線を描く前に決着をつけてください。例外は、一代限りの会社のみです。

親族に承継するにしても、外部に譲渡するにしても、その準備に最低5年は掛かります。

そして、後継が早ければ、次の経営者人生も待っています。
創業した会社、引き継いだ会社がすべてではありません。

安全・安心の対価

原料高、エネルギー高で次々と値上げが実施され、“値上げせざるを得ない”商品・サービスが苦戦する一方、値上げされても需要が落ちない、むしろ伸びていくものもあります。

その違いは何なのか?

その一つに『安全・安心』があるということは皆さまもお気づきのはず。高くても安全・安心なものを買い求める…それが心理的なものか、物理的なものかはそれぞれですが、結局は不安の裏返しなのでしょう。

たとえば、エネルギー高不安から光熱費を抑えるための高額な商品が売れたり、環境不安から割高なSDGs的商品が売れたり、事故やあおり運転に対する不安から安全機能が充実した自動車が標準(標準価格の値上げ)になっています。

したがって、私たち中小企業も、改めて「安全・安心は有料(付加価値)になった」という現実から自社の商品・サービスの見直しを行う必要があります。

ちなみに、安全・安心がキーワードの商品として私が思い浮かんだものはホームセキュリティ。以下は経済産業省のサイトに掲載されている市場規模の資料です。

『機械警備対象施設数の推移』

一昔前までは「お金持ちのお宅が…」というイメージがありました。しかし、近年では犯罪対策のみならず、共働き世帯の増加による子どもの見守りニーズ、高齢者の見守りニーズなどの増加で市場が伸びています。安全・安心の有料化の典型でしょう。

コロナ禍で環境整備にお金をかけて安全・安心をアピールしても、提供する商品・サービスが変わらなければ対価にはなりません。コストだけ増えて終わり。

「コロナの影響で…」、「原料高で…」と値上げについて謝罪する書面が店頭に貼られたりしていますが、多くの人はそのようなことを求めていません。目に見える具体的な安全・安心を求めているはず。

SDGsの良し悪しは人それぞれでしょうが、好まれる方々は『持続可能』のために割高を許容します。中小企業が持続可能となるためにも割高を許容されるようでなければなりません。

そして、重要なのは、仮に価値があったとしても、競合よりも中途半端に高いくらいでは安全・安心を感じにくい(むしろ不安になる)消費者も多いということです。「価格は2倍だけど、効果は3倍!」などとはっきり伝えられた方が安全・安心を感じます。

割高で高付加価値なものはニッチな市場であり、数は出ません。しかし、手間暇かけた以上のものを回収できる市場でもあります。まさに中小企業のためにあるような市場。

皆さまもお客さまに安全・安心を提供できているか、そこに付加価値はあるか、その対価を回収できているか、いま一度検討されてみてください。

ゾンビは現実を見ない

質問です。
「皆さんの会社の先月末の預金残高と借入金残高はどれくらいですか?」


帝国データバンクは先月27日、「ゾンビ企業」に関する初の調査結果を公表しました。

ゾンビ企業の定義は設立10年以上の企業で、営業利益や受取利息の合計を支払利息で割った数値である「インタレスト・カバレッジ・レシオ」が3年以上にわたって1未満の企業となっています。

  【インタレスト・カバレッジ・レシオ】
  事業利益(営業利益+受取利息+受取配当金)÷(支払利息+割引料)

要は実質的に経営がほぼ破たんしているにもかかわらず、金融機関、政府などの支援によって生きながらえている企業のことです。

帝国データバンクの調査で経営実態があることが確認できている146万6000社に当てはめて試算したところ、ゾンビ企業は2020年度時点で約16万5000社にのぼり、前年度から約1万9000社増えたそうです。全体の1割強がゾンビ企業ということになります。

コロナ過がゾンビ企業を増加させたことは明らかですが、一歩手前の予備軍を含めれば、おそらくその数は倍以上となるはずです。

しかし、ゾンビ企業とその予備軍の経営者には、その自覚があまりありません。
理由は簡単です。経営がうまくいっていない企業にかぎって、自社の状況を正しく把握していないのです。冒頭の質問に答えられない経営者が大勢います。

金融機関がお金を貸さないほどに経営が悪化すれば、普通はさすがに気がつきますが、コロナ過で国が進めた大盤振る舞いは、経営者の現実を見る目をふさいでしまいました。

行動制限で大幅に売上が減少し営業損失に陥るも、各種協力金、助成金、支援金などを受けたことで経常黒字の決算書。損失を補填するための支援金で車を購入する経営者がいます。

事業再構築補助金の登場で、補助金が出るのならば新規事業を始めたいという「補助金ありき」の設備投資の相談を何件も受けました。もちろん、補助金は大いに利用すべきです。

しかし、新規事業への取り組みには、経営者の思いと覚悟が必要です。補助金が出るならやるけど、出ないならやらないという新規事業が上手くいくとはとても思えません。仮に補助金が採択されなくてもやるんだという覚悟が絶対に必要です。

公表されている採択がおりた事業計画を見ると、疑問符がつくものが少なくありません。
補助金によって始めた事業が、さらなるゾンビを生まないことを祈るばかりです。

コロナ過は依然として続いていますが、各種支援は縮小され、コロナ融資の返済は始まりだしています。ウクライナ危機をきっかけにあらゆるものの値段が上がり、今月初めには過去最大幅での最低賃金上昇が報じられています。

ゾンビ企業が倒産し、予備軍がゾンビになるケースが増えるのは、まだまだこれからです。
油断すれば誰しもが予備費になってしまう可能性があります。

さて、もう一度質問です。
「皆さんの会社の先月末の預金残高と借入金残高はどれくらいですか?」

状況は現実を正しく見ることでしか変えることができません。
即答できなかった経営者は要注意です。

中小企業の物理的な構造

前回のお話の続きです。

前回はデータのお話をさせていただきましたが、今回は物理的な構造です。
まず、この画像をご覧ください。

『シンク画像』

これが典型的な中小企業の状態であり、日々、このような感じであると思われます。

水栓から出てくる水が仕事、排水溝へ流れていく水が売上げ。
前回はこれをデータの入口・出口と表現しました。

皆さま十分ご承知のとおり、仕事の問い合せがスムーズに売上げにつながることは稀です。この画像のように、売上げへの到達を阻害する負のフィルターが何重にも積み重なっているからです。

そのため、水栓を全開にすれば水がシンク外にあふれ、あわてて閉めれば仕事も減る。どの企業もこの状態を繰り返し、自社の現状に観念すると、シンクからあふれないギリギリの水の量でやり過ごすようになります。これが縮小均衡へと続く道…。

誰しも、シンクにたまった洗い物・食べカスを片づければよいと分かっています。それでもなかなかできません。リスクを取ることを恐れない(または何も考えない)経営者が次に行うことは、シンク自体を大きくするという突貫工事です。シンクを大きくしても、片づけができなければ元通りになるということも後から気づきます。リスクだけが増え、リターンは薄い…。

つまり、皆さまの会社の構造をシンプルに表現すると、キッチンのシンクと同じ。中小企業が大きくなれない、大きくなっても利益が出ないという構造上の問題もここに集約されています。逆に言えば、洗い物・食べカスの片づけ(火消し)を優先する企業がそれほど少ないということです。

繰り返しますが、水栓から出てくる水が仕事の流れです。スムーズに流れるかどうかでスピードが変わり、排水溝に到達する量で売上げが変わり、水の透明度が利益率の高さに比例します。

シンクがきれいに片づいており、水栓から出てくる水がスムーズに排水溝に流れていけば、おのずとお金はたまります。水があふれることもなく、ムダが出ません。

経営者が決定すべきことは、水栓をどの程度「開いていくか」の方針です。

水が排水溝まで届かない、外にあふれ出そうだということであれば、売上げを捨てる覚悟で閉めなければなりません。ここで注意すべきは一度閉めた水栓を再び開けたときに仕事が戻るとは限らないということ。状況は刻一刻と変わっています。

ここまででお分かりのように、中小企業の問題は火消し作業をせずに水栓の開け閉めだけで経営を行おうとすることにあります。

中小企業でも売上高が大きくなっていく企業は水栓を大きく開いています。水を多く流します。売上高の増加に伴い規模も大きくなっていく企業は、汚れ物も食べカスも残らないようにシンクを常に整理しています。

“大きくならない”と決めた中小企業は、お客さまから「水栓をもっと開けてくれー」と言われても、頑なに維持します。

また、本来であれば、水栓を開く前に水がきれいに流れるルートをあらかじめ構築しておくのが理想です。これがいわゆる『仕組み』と言われる構造。

“ししおどし”のように一定の水がたまったら自動的に流れるような段階を組み込んでおき、都度介入しなくてもよいようにしておきます。中小企業はリソースに制限がある以上、ある程度のクッションは必要であり、水をストレートに排水溝に流せばよいという訳ではありません。そうしないと経営者がいつまでたっても現場から離れられません。

しかし、既に水栓が解放されている状態では、理想的な仕組みを構築し直すというのは現実的に無理があります。できることと言えば、片づけながら徐々に仕組みを導入していくこと。

なお、稀に見かけるのが、仕組みの見た目はきれいなのだけれども、水はいつまでたっても排水溝まで届かない…という複雑な構造になっているケースです。

中小企業の仕組みはピタゴラスイッチである必要はありません。仕組みを作るのは中小企業の経営者であり、実行するのは中小企業の社員です。レベルを合わせなければなりません。また、シンプルではない仕組みは一度破綻すると余計混乱します。

以上、ものすごく抽象的なお話でしたが、中小企業の経営はこれだけで決まっていると言っても過言ではありません。

データでも人でも物でも、シンプルに構築し、シンプルに運用する。
それだけです。

お客様のためにお客様を減らす

東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは、新型コロナの収束後も入場制限を続ける方針であるという記事が6月22日の日経新聞に掲載されていました。

コロナ過で国や県から入場制限を求められたことでチケット争奪戦が起きたものの、来園者からは「アトラクションの待ち時間がなくなり、従来より楽しめた」という声が聞こえたことが、拡大路線を続けてきた運営方針を転換する大きなきっかけになったそうです。

新型コロナ収束後もコロナ前の最大8割程度にとどめる制限を続けることでアトラクション利用前の長時間の行列を解消し、顧客満足度を高めるのが狙いです。

昨年、開業以来初の1年に2回の値上げを実行したオリエンタルランド社。
コロナ前の2018年は7,400円であったワンデーパスポート(大人)料金が昨年10月からは曜日などによって異なる7,900円、8,400円、8,900円、9,400円の4段階に改定されました。

『料金と来園者の推移』

公式カレンダーを確認すると、改定前の平日料金8,200円より安い7,900円の日はかなり限られており、改定前の休日料金8,700円よりも高い8,900円、9,400円の日が多く設定されていることが確認できます。

先日公表された2021年度の決算では来園者数は当初予測を上回るも、コロナ前の2018年のわずか37%の1205万人まで減ってしまいました。一方で、ゲスト1人当たりの売上高は14,834円にまで上がり、来園者数が6割超減少したにもかかわらず、テーマパーク事業単体で営業利益25億円を計上しています。

過去最高のゲスト1人当たり売上高を記録し、テーマパーク事業で916億円の営業利益を出した2018年度決算でさえ、その数値は11,614円です。2021年度のゲスト1人当たり売上高14,834円がいかに驚異的な水準であるかが分かります。

中期経営計画では2024年度の来園者数目標を2018年の実績3255万人の8割弱に相当する2600万人としていますが、1人当たり売上高の伸びを見れば、来園者数を2割減らしても収益は十分に確保できる計算が容易に成り立ちます。

値上げを考えた際に経営者の頭を真っ先によぎるのは、顧客離れによる売上高減少の恐怖です。しかし、当たり前のことですが、売上は【売価×販売数量】ですので、売価を上げることができれば客数は減ってもかまわないはずです。

客数が減少しても利益が減らなければ、値上げは成功。客数が減った分、生産性は確実に向上します。客数が減少すれば、値上げを受け入れて残ってくださったお客様へのサービスを今よりも充実させることができます。

値上げ後に残っていただいたお客様の多くはファン客のはずです。
オリエンタルランド社は値上げをしたうえで意図的に来園者数を減らし、利益を減らすことなく、ファンであるお客様に、より満足していただこうとしているわけです。

値上げは、既存の大切なお客様を、より大切にするために必要なこととも言えるのです。