通達は法律ではない!

税金。私達は何を根拠に税金を納めなければならないのでしょうか。
ほぼ100%の人がこう答えるのではないでしょうか。「法律」
競馬の払戻金を一切申告せず、約5億7千万円を脱税したとして所得税法違反罪に問われている元会社員男性の判決が5月23日にありました。大きく報道されていましたので競馬ファン以外の方でも、ご存知の方が多いのではないのでしょうか。
長年競馬をやっていらっしゃる方でも、意外と知らない方が多いのですが、会社員の場合、給与以外の所得が20万円を超えると確定申告する必要があり、競馬の払戻金もその対象です。この元会社員の男性は競馬による所得、つまり収入から経費を差し引いた額が20万円を超えていましたので、申告して納税する必要があったのです。
この男性は競馬の所得を申告していませんでしたので、有罪になるのは仕方ありません。
しかし、今回の裁判で大きく議論の対象となった点は別にあります。それは「所得区分」の問題です。
所得税法では、個人の所得は「給与所得」「事業所得」など10種類に分けられており、どの所得区分に当てはまるかで所得の計算方法が異なります。馬券の払戻金については、“一応”「一時所得」とされています。
ここでは計算方法等の詳細は省きますが、今回のケースが検察側が主張するように「一時所得」であるとすると、認められる経費は当り馬券代だけになり、結果として脱税額は5億7千万円となります。
しかし、今回の大阪地裁が出した判決では、「一時所得」ではなく、男性の馬券購入を“営利を目的とする継続的行為”としてFX取引や先物取引と同じ「雑所得」に当ると判断しました。「雑所得」であれば、外れ馬券代や男性が開発した独自の競馬予想システムの運営コストなども含めて必要経費として認められます。その為、脱税額は約5200万円と結論づけられました。
うん?だって競馬の払戻金って「一時所得」決まっているんじゃないの?
そんな疑問がわいてきませんか?
実は競馬の払戻金は「一時所得」であるなどという事は法律には一切書かれていないのです。ですので先程、馬券の払戻金は“一応”「一時所得」とされている。と書いたのです。
法律に記載がないのに、どうして競馬の払戻金は「一時所得」とされているのか。実は「所得税法基本通達」というものに、その記載があるのです。
≪所得税法基本通達34-1(一時所得の例示)≫
次に掲げるようなものに係る所得は、一時所得に該当する。
(2) 競馬の馬券の払戻金、競輪の車券の払戻金等
この「通達」、「法律」ではありません。
分かり易く言うと国税庁長官が部下である税務署職員に対して法律について「こう解釈しなさい」と命令する文章なのです。
つまり、「通達」は言わば“内部の決まりごと”のようなものであって本来、法的拘束力は一切ないはずなのです。しかし、税務署は通達に従って税務行政を執行しますので、結果として事実上、限りなく法律に近い拘束力を持ってしまっているのです。
また、通達の前文にはこのようにも書かれています。
≪所得税法基本通達 前文より抜粋≫
この通達の具体的な適用に当たっては、法令の規定の趣旨、制度の背景のみならず条理、社会通念をも勘案しつつ、個々の具体的事案に妥当する処理を図るよう努められたい。
つまり今回のケースのように「馬券収入=一時所得」と杓子定規に判断してはいけません、様々な事象を勘案して、総合的に判断しなさい、と書かれているのです。
日本では実質的に通達が法律に近い効力を持ってしまっている事も事実ですが、通達による判断がひっくり返った今回の裁判を通して、通達はあくまで通達であって法的効力は無いということが分かります。
とはいえ、通達に記載がある以上、税務署側は必ず通達に沿った解釈、取扱いを行いますので、納税者が通達に反した解釈をすることは、それなりのリスクを覚悟しなければなりません。しかし、様々なケースがある税務において、通達に沿って解釈する事が必ずしも正しい判断であるとは言えず、通達に反した納税者の主張が認められる可能性があるということも事実です。
通達を根拠に課税されそうになっても簡単に諦めてはいけません。
しつこいようですが、「通達」は「法律」ではないのです。
ちなみにこの事件、先日、検察側が控訴しましたので、判断が更にひっくり返る可能性もあります。今後の判断も気になるところです。