「株を買ってくれませんか?」と言われたらどうしますか?

中小企業のオーナーの中には、古参の従業員や新たにビジネスパートナーとして役員に就任することとなった者に自社の株式を持たせることがあります。
株を持ってもらうことによって経営への参画意識をもってもらいたいというオーナーの想いは分かりますが、残念ながらその想いが叶うことはほぼありません。
それどころか、将来に向かって大きな問題を残すことになるのです。
この株を巡って以前にもこんな相談を受けたことがありました。
社長「株主の一人が株を買ってくれないかと言ってきたんですが…」
私 「何株ですか?」
社長「100株です。」
私 「社長のところは発行済株式数が400株ですから25%ですね。」
私 「随分と持っていらっしゃいますね?どんな方ですか?」
社長「会社を立ち上げたときに出資をお願いした方です。」
社長「時価で買って欲しいと言っているんですがうちの時価って幾らなんでしょう?」
株を発行した時には額面(現在は額面株式は廃止されています。)だったものが、何年もの時を経てその価値が何十倍にもなっていることは珍しくありません。
株価の定義をどこにおくかによっても変わりますが、今回のケースでは時価純資産価額で評価した場合、株価は十数倍になっていました。
ざっと計算しても、総額で数千万円となります。
この場合、次のような選択肢が考えられるでしょう。
1.申し出を断る
2.会社で買い取る
3.社長が個人で買い取る
では、それぞれについて詳しく検討していきます。
なお、取得時における時価と取得価額との乖離による課税関係が生じないことを前提とし話をすすめていきます。
【1.申し出を断る】
株主から株式を買い取ってほしい旨の申し出があった場合、基本的に会社にはこれに応じる義務はありません。
みなさんの中には「株式買取請求権という言葉を聞いたことがある。」とう方がいらっしゃるかも知れません。
確かに、株主の権利として株式買取請求権は存在しますが、これは合併など企業組織再編等の株主総会決議が行われたときに、その決議に反対する株主が行使できる権利であって、間違っても『ちょっとお金が欲しくなったので』と買取を請求できる権利ではありません。
従って、買取りの申し出を断ることはできます。
しかし、その場合、断られた株主が次に取りうる手立てについて検討をしておく必要があります。
中小企業の株式はまず間違いなく『譲渡制限株式』となっています。
これは、会社にとって好ましくない株主を入れないために、株式の譲渡にあたっては、会社の承認を得ることを定めたものです。
しかし、譲渡制限があるといっても、株主が投下した資金を回収する権利を保証しています。
それが、『譲渡承認請求手続』です。
もし仮に買取りを断られた人が、その会社およびオーナーとの関係を断つ覚悟があるのであれば、ライバル会社等に買取り話を持ち掛けます。
会社は当然そのような相手への譲渡を承認はしませんので、その場合には、会社自身が買い取るか、又は新たな買取人を指定しなければなりません。
この場合の指定買取人は、一般的にはオーナーである社長自身ということになります。
その後、会社又は指定買取人は承認請求者との間で『価格交渉』を行います。
ここで価格が合意に至ればいいのですが、合意に至らない場合には、会社又は指定買取人並びに承認請求者は、裁判所に対して株式の売買価格の決定の申立てを行うことができます。
この決定の申し立てが行われた場合には、裁判所は、認請求時における会社の資産状態、収益状況その他一切の事情を考慮し価格を決定しますが、多くの場合、買取人にとって想定を上回る価格で決定されています。
結論を申し上げます。
譲渡承認の請求があることが想定されるのであれば、最初から買い取りの申し出を断るべきではありません。
次に、買い取りの申し出を断るべきでないという判断をした場合についてご説明いたします。
【2.会社で買い取る】
会社で買い取る場合は、それは『自己株式の取得』となります。
自己株式の取得については『株主平等の原則』から、会社法によって次のような厳格な手続きと、一定の規制が設けられています。
(1)株主総会の特別決議
(議決権の過半数の出席かつ議決権を有する株主の3分の2以上の賛成で可決)
(2)財源規制
(3)売主の追加請求権
特定の譲渡人からの自己株式の取得にあたっては、まず、取得株式の数、買取価格、買取総額の上限について株主総会の特別決議による承認を受けなければいけません。
自己株式の取得にあたってこのような承認が必要となるのは、自己株式の取得による金銭等の受け渡しが、会社法において配当と同じく『剰余金の分配』と位置付けられているためです。
剰余金の分配については、債権者保護の目的から無制限に配当等をすることを禁止するために『財源規制』を設けています。
そのため、財源規制に違反して自己株式の取得が行われた場合には、その株主は善意・悪意にかかわらず、交付を受けた金銭等を会社に対して支払う義務を負うだけでなく、取締役についても責任を負うことになります。
なお、財源規制に反する自己株式の取得の効力は、学説上は『無効説』と『有効説』が対立しており明確な判例はありません。
そのような状況において財源規制に反した取得を行うことは、その後のトラブルを招く恐れがあることから行うべきではありません。
最後に、売主の追加請求権についてですが、売主となる株主以外の株主についても自己株式を買い取る旨を通知し、平等に株式を換金する機会を与えなければならないこととなっています。
売主の追加請求があった場合には、株主総会で承認を受けた予定取得株式数を超えてしまう可能性があります。
その場合には、当初から予定されている株主の買取数量に、追加買取請求のあった株式数を合算し、それぞれの買取希望株式数で按分計算することとなります。
この場合には、当初買取りを希望した株主より全ての株式を買い取ることができなくなりますので、予め、追加買取請求に備えて買取枠を高めに設定しておくことも考えられますが、財源規制があるため無制限に買取枠を設定することはできません。
そこで、定款を記載することでこの追加買取請求権自体を無効にする方法がありますが、一部の株主に不利益となることから定款の変更にあたっては全株主の同意を得ることが必要となります。
従って、特定の株主から買い取りの申し出があったあとからの定款変更では手遅れとなりますので、全株主から同意を得られる環境のうちに手続きをしておくほうがよいでしょう。
【3.社長が個人で買い取る】
最後に、社長が個人で買い取る場合について考えます。
個人対個人の取引には、会社法のような規制を受けることはありません。
当然に、前段でお話した譲渡承認のための手続きを行う必要はありますが、オーナーが買い取る場合には、譲渡承認が得られないということはありません。
さらに、自己株式のときのような財源規制や売主追加請求の問題も起こりません。
取得にあたっての財源をどのように調達するかという問題は残りますが、それ以外は単純明快です。
唯一、取得対価をいくらにしたらよいのかという『時価』の問題や、取得後における事業承継の課題は残されますが、すでに買取りを迫られている状況においてはこれが最善の選択と言えます。
最後になりますが、このような問題は自分の会社には関係がない話と思わないでください。
今順調に経営されている会社様ほど、潜在的にこのような問題を抱えているとお考えください。
最善策は、このような問題が起こる前にその可能性のある株主を整理することにつきます。
このメールマガジンを他の株主様がお読みになる前に、社長様にお読みいただけていることを願っております。