現場検証 ~仮説データによる検証~

企業における経常利益の源泉は粗利益にあるといっても過言ではありません。
従いまして、粗利益の最大化が最重要ということはご存じのとおり。
粗利益の最大化のためには、売上高を上げるというアプローチと、粗利益率を上げるというアプローチに分かれます。もちろん、両方を同時に上げるというのが理想ですが、大企業並みのスケールメリットを活かさない限り、売上高を上げると同時に粗利益率を上げるというのは、中小企業では少し難しいと思われます。
従いまして、両方を上げるという場合も、まずは売上高、次に粗利益率というように、別々にアプローチを行うというのが現実的なところでしょうか。
しかし、創業間もない会社であれば別として、10年程度経過した中小企業が、売上高を短期間に2倍、3倍と引き上げていくというのは至難の業(あるいは無謀な行動)ですので、最初に取るべきアプローチというのは粗利益率の向上が望ましいということになります。
最近、業績改善のお手伝いを依頼されたお客様でも、粗利益率の向上に取り組み始めました。
このお客様、売上高は素晴らしいペースで増加しているのですが、経常利益が伴っていませんでした。売上高が増加しているのにもかかわらず、経常利益が出ないということは、資金繰りに大きな影響があります。
つなぎ資金を先に準備しつつ、利益を出す体質にしていかなければなりません。
創業時からの顧問税理士(当社はセカンドオピニオン)に毎月試算表を作成していただいているのですが、その試算表が参考にならず、当社にてデータ分析を一から始めなくてはなりませんでした。
このような場合、当社の方で過去三年程度のデータを拾い出し、分析用のデータに組み替えます。
ただし、元となるデータそのものに信用を置けなかったため、重要な部分は社長にヒアリングを行います。
「原価率は何%ですか?」
「その原価率の構成要素はそれぞれ何%ですか?」
「試算表に計上されている原価以外で、売上に連動する費用はありますか?」
単純な質問です。このお客様の原価構成は少し込み入っていたのですが、当初は社長が原価計算を行われていたため、ご自身でスラスラ答えていらっしゃいました。
そして、売上高は比較的読みやすいお客様でしたので、過去の実績データとヒアリング内容から、
向こう一年分の月別の予想変動損益計算書を作成しました。
ちなみに、このようなものを経営計画として用いる中小企業も多いですが、これは単なる予測表です。
このお客様も経営計画をしっかり組み上げていく必要はあるのですが、その前に計画の基礎となるデータの検証が必要でした。
また、通常の会計用の試算表は、ほとんどの社長が頭に描いている数字の構成と一致していません。そのため、社長が粗利益率〇〇%と言ったら、その粗利益率がズバリ表現されている試算表に組み替えなければなりません。
実際のデータと社長のイメージが不一致であれば、検証のしようがないからです。
この時点で、過去の決算書と社長へのヒアリングを基にした仮説の決算書の間には、かなりの誤差が生じていました。
そして、1ヶ月、2ヶ月と実績と予測の差異を分析していきます。予測はあくまで仮説のデータです。実績と比べて初めて意味があるものとなります。
そして、最初から差異が大きく出始めました。
「粗利益率が明らかにおかしい…」
顧問税理士に、「社長から聞いている仮説のデータでは、このような粗利益率が出ていないとおかしいのですが…」と、しつこく内容を確認しました。
ここでまず判明したのが、社長が思い描いていた処理の方法と、顧問税理士の処理の方法が明らかに違っていたことです。この時点で顧問税理士に処理方法の変更を依頼します。
しかし、処理方法を一致させても、想定している粗利益率に5%もの差がありました。
この時点で、原価を構成する取引自体に切り込みます。
材料費や外注費等、原価を構成している取引業者と請求金額を月別の一覧にして、社長にざっと目を通してもらいました。
「分かった!この取引先からの請求金額が明らかに多すぎる」
ここから、この社長の行動は恐ろしく早かったのです。その場で業者に確認の電話を入れ、既に退職した社員にまで電話をして、現場の状況を確認していきました。
「自分が現場を離れた後、当初想定していたやり方を社員が勝手に変えていた。でも、手を打てるところは全て指示を出したので、これからは予定どおりの粗利益率が上がるはずだ」
第一回目の差異分析を行った日から数日での出来事です。
手を打たれた後のデータの検証はこれからのため、実際に粗利益率が向上するかどうかはまだ分かりません。しかし、差異が出ていたら、さらにアプローチを変えて手を打つだけです。
このお客様については、最初から実績データと仮説データをきちんと毎月比較していたら、毎年数千万円の利益を失わずに済んでいたものと思われます。
当社がお手伝いしたことは、本当に大したことではありません。しかし、その程度のことでも、大きく業績を変える可能性があるのです。
これを怠っていた社長にも責任はありますが、そもそもそのような術すらあることをご存じではありませんでした。
もちろん、実績データと仮説データを比較するだけで、全てが解決する企業は少ないと言えます。
実際に現場に足を運んで、より深く検証しなければならないケースも多いでしょう。
しかし、それはお客様ご自身で行われるべきことです。
今回のようなデータを提示しても、「なるほど。社員に指示しておくよ」と言って、改善が中途半端に終わるお客様も多くいらっしゃいます。
社長ご自身で行われるべきことを、コンサルタントなどが行っても意味がありません。それはあくまでコンサルタントのイメージであって、成果に責任を持っていないからです。言い訳は何とでも出来ます。
また、右腕という位置付けの幹部に任せる企業も多いですが、そもそも社長のイメージと右腕のイメージが一致していることなど稀です。
このお客様も、ナンバー2の幹部が、“良かれと思って”社員と取引先に出した指示が、会社の利益を大きく損なう結果となっていました。
任せるのであれば、社長と右腕のイメージを一致させ、そのイメージを継続して共有しなければなりません。
今回、イメージという抽象的に表現を用いましたが、何となく頭にあるものと現実のデータを明確に突き合わせるという作業は、業績のコントロールという意味ではとても重要なことです。
イメージできないということは、自社の実態を何も把握出来ていないと同じことです。
一時期、経営コンサルタントによる仮説思考の本が流行りましたが、難しいことではなく、この程度でも充分使えるのです。
皆さまも参考にされてみてください。