現場検証 ~税務調査~

「嫌な改正だな…」
10月10日付け、日本経済新聞朝刊の一面記事に、誰もがそう思ったのではないでしょうか。
『脱税、ITデータも調査 強制招集へ法改正検討』の見出しのとおり、今まで任意提出が基本だったメール履歴などが、強制収集の対象となるようです。
もちろん、改正が行われたとしても、全ての税務調査でメールの履歴を収集される訳ではありません。通常の税務調査は、脱税の摘発を唯一の目的としている訳ではなく、脱税の疑いもないのに、単純にメールの履歴を収集されることはないでしょう。
とはいえ、場合によっては税務調査で濫用される恐れもあり、今後出てくるであろう具体的な改正内容に注目が集まります。
私は、10年程前の税務調査の立会いで、調査官からメール内容の確認を求められたことがありました。しかも、特定の取引に関する特定のメールという趣旨ではなく、「少しメールを見せていただけないですか?」という要望でした。そのお客様は社長が経理を兼務していたため、社長のメールを全部見せてくれと言うのです。
もちろん、私はその必要性を認めなかったため、明確にお断りしました。
ところが!
少し興奮状態だった社長が、ご自身のパソコンをパッと調査官の目の前に差し出し、「ほら、怪しいメールなんて何もないよ!」とメールの画面をスクロールし始めたのです。
幸か不幸か、私からその社長宛に送信した「税務調査につきまして」という件名のメールが全員の目に飛び込んできました(今でもその場面が脳裏に焼き付いています…)
「そのメール、見せて下さい!」と、調査官が厳しい口調で社長に指示が飛びます。
そのメールは、数週間前のものだったので、私も本文の内容を覚えておらず、反射的に「ちょっと待ってください!」と制止しようとしました…が、見事にメールが開かれてしまいました。
メールの本文は、税務調査に対する事前準備や当日の対応などをまとめたもので、怪しい内容は含まれておらず(当然ですが…)胸を撫で下ろしたものの、「ねえ、山田さん。何も悪いことなどしていないですよね?」という社長の言葉に苦笑いしつつ、調査官に「はい、これでメールは終わりです」というのが精一杯でした。
これが私の長い業界経験の中で、“唯一の”そして苦い記憶のメール開示でした。この件以外はメール開示を求められたことはありません。
繰り返しますが、脱税と関係のないメールを開示する義務などありません。そして、法改正が行われても、上記の対応と大きく変わる訳ではないと思われます。
しかし、適正な方法と範囲で税金をより少なくするという努力は行われるべきであり、税理士とお客様がそのためのやり取りをメールで行うことは日常的です。
そして、メールの当事者は共通の理解がある中で、問題ないとして当然のようにやり取りをしている内容も、調査官がそれを確認すれば、「これって脱税の相談じゃないですか?」と主張してくる可能性は十分に考えられます。
また、皆さまも、「これは際どい取引…」と認識しているものもあることでしょう。もともときわどいと認識している取引について調査官から具体的な指摘があり、その取引についてメール以外の証拠がないところまで行きついてしまうと少し厄介かもしれません。取引自体に問題がないとしても、そこに動機やノリのようなものまで記載されていると、バツが悪いものです。
一つでも都合が悪いところが出てくれば、他のところは譲歩しようという心理も働くかもしれません。
そういう意味で、私どもも調査官に誤解を与えて、お客様を不利な状況に追い込むようなメールは控えなければと再認識しました。
ということで、最終的には改正内容が確定してからとなりますが、今からでも、皆さまも調査官に「脱税」と誤解を与えるような内容のメールは極力控えることをお勧めいたします。
ときどき、私どももびっくりするような内容(脱税ではありませんが)を、メールでご相談してくるお客様もいらっしゃいますので…