ヤマトに学ぶ値上げの効果

宅配最大手のヤマト運輸は値上げ交渉を行った結果、大口顧客の4割がヤマト運輸との取引を解消したことを明らかにしたという記事が1月31日の日経新聞に掲載されていました。
過剰ともいえるサービス提供を背景に、現場の労働環境の過酷さや人手不足による人件費の高騰による収益悪化についてマスコミをうまく使ってアピールし、多くの人に短期間で「値上げは仕方なし」と感じさせた戦術は見事としか言えませんが、そこはさておき、今回注目したいのはヤマト運輸が実行した【値上げの効果】です。
大口顧客1100社のうち値上げを受け入れて契約を継続した6割の顧客の平均値上げ幅は15%を超え、その結果、一定量の荷物が減るものの業績は改善し、連結純利益が従来予想から25億円上振れることを記事は伝えています。
中小企業経営においては特に、そもそもの値付けを誤っているケースが多く、収益の改善には適正な値上げが最も効果が高いことは言うまでもありません。
しかし、値上げを実行すればヤマト運輸の例と同じように、値上げを受け入れてくれない顧客が必ず現れ、顧客を失えば売上高は当然下がります。
経営者の多くは売上高が下がることを恐れますので、値上げの決断を下すのは簡単なことではありませんが、適正な値上げであれば一定の顧客を失い、売上高が下がったとしても収益が改善することは経験上間違いありません。
そして多くの場合その裏には、見逃せない事実が潜んでいます。
値上げに応じてくれない、ある意味価格の安さにのみこだわる顧客の多くは、生産性を悪化させている要素があることが非常に多いのです。
顕著なケースにおいては、値上げまでしなくても価格の安さにのみこだわる顧客の契約を断るだけで生産性は向上し、収益が改善します。
きっと皆さんにも、いっそ取引を止めた方が、収益が改善するのではないかと思い当たる取引先の1社や2社は必ずあるはずです。
ヤマト運輸の宅配サービスが同業他社に比べて質が高いことは、皆さんがご存じのとおりです。
今回、ヤマト運輸の値上げ交渉に応じなかった4割の大口顧客は、ヤマト運輸のサービスの質よりも価格を優先させる判断をし、今後は同業他社のサービスを利用することになります。
もうお分かりでしょう。
ヤマト運輸との契約を解消した4割の顧客を受け入れることになる同業他社は、安さにこだわり収益を悪化させるかもしれない「ババ」を引いてしまう可能性があります。
今回ヤマト運輸は、巧みな情報戦術を駆使した値上げ交渉によって、生産性を悪化させる可能性のある低収益顧客に自ら契約の継続解消を決断させ、人手不足と相反して増え続ける荷物の量を抑制し、収益を改善させることに成功したのです。
適正な値付けや値上げは、売上高や収益を増加させる大きな要因であることはもちろん、それ以外にも、企業側が意図的に顧客を選択する「フィルター」の役割にもなり得ることを、私たちは認識しておかねばなりません。
今回のヤマトの値上げ、私たち中小企業にも学ぶところが多いのではないでしょうか

事業承継税制について考えてみる

30年度の税制改正大綱で、オーナー企業向けの事業承継税制について効果的な改正が行われるという点については先月お伝えさせていただきました。

今回はこの事業承継税制について、もう少し詳しくお伝えさせていただきます。

まず、この事業承継税制が「使えるのか? 使えないのか?」という結論については、「使える」とお伝えしておきます。

ただし、「誰でも使えるのか?」という点については、「誰もが使う必要はない」ということになります。

「使う必要はない」とはどういうことかというと、皆さまの会社の自社株評価額がどの程度なのかという点に尽きます。

例えば、自社株評価額が1,000万円と1億円の会社があるとします。

オーナー企業の自社株対策の王道は「毎年地道に贈与する」ですが、後継者に毎年贈与するとして、評価額1,000万円のケースでは10年掛ければ無税で株式を100%異動できます(評価額が不変とした場合)。

「10年も!」とお考えの方も多いかもしれませんが、10年で済むなら安いものです。仮に5年が経過した時点で相続が発生したとしても、この500万円に対して掛かる相続税は多くはありませんし、実質無税の可能性も十分あり得ます。

しかし、評価額が1億円の会社が無税で贈与を行おうとすると90年です。無税で贈与できる金額は限られてしまうことはお分かりいただけると思います。

つまり、「うちの自社株は、どう考えても多額の税金を支払わない限り後継者に引き継げない」という方については、事業承継税制を使うことを検討すべきということになります。逆に、税金を支払わなくとも(あるいは少ない税金で)自社株を後継者に渡すことができるのであれば、”あえて”事業承継税制を使う必要はないということになるのです。

あえてというのは、事業承継税制が手間とコストが掛かる制度だからです。

事業承継税制は全ての株式に掛かる贈与税または相続税を100%猶予する制度ですから、手続きに手間が掛かるのは当然です。この制度の手続きを行うのは顧問税理士になると思われるため、皆さまに手間が生じるという事はほとんどないでしょうが、そのための報酬は発生します。

その結果、自社株に掛かってくるであろう税金と事業承継税制に掛かるコストを天秤に掛けて判断することになります。

そのため、自社株を子に承継させるという前提であれば、自社株評価額が1億円を超える辺りから、事業承継税制に掛かるコストよりも自社株に掛かる税負担の方が大きくなる可能性が高いと考えられます(ケースバイケースですので、個別のシミュレーションは必要です)。

なお、事業承継税制を使うとなれば、原則として他の自社株対策は選択肢から外れます。

通常、コストを掛けずに自社株対策を行うことはできません。税金も支払わず、外部に費用も支払わずに実行可能なのは無税枠の贈与のみです。

最終的に事業承継税制を使わざるを得ないのであれば、自社株対策と称したさまざまな節税策は、得るものは少なく、コストだけが発生すると言っても過言ではありません。

近年提案が多かった持株会社化のスキームも、事業承継税制を使うのであれば、あえて実行する必要性はないかもしれません。保険や不動産を使った自社株対策も不要でしょう。

それだけ、事業承継税制が自社株評価額が高いオーナー企業には有効な制度になったということです。

正直申しまして、皆さまが理解すべき点はこれだけです。細かい点は顧問税理士にお任せいただければ十分です。

先月発売させていただいた『今までの節税はもう通じない! ~セオリーなき、これからの税務戦略~』でも解説させていただいておりますが、節税というもの自体、考え方を変える必要が出てきました。

世間的に言われている節税策にもはや効果はありません。皆さまにとって本当に節税となるのは、その方それぞれにあった策となります。それだけ細かいメンテナンスが求められています。

セオリーが無くなった今、皆さまも節税という言葉にだまされないよう用心してください。オーナー経営者にとって『節税』という魔法の言葉は、『ビットコイン』という魔法の通貨に踊らされる一般人と同じですので。