節税の魔力が判断を狂わせる

業績を伸ばしている企業に必ずと言っていいほど近寄ってくるのが「生命保険の営業」。

必死に稼いだ利益です。
できるだけ税金で持っていかれたくない、そう考える気持ちはとてもよくわかります。
私だってそう思います。

だから多くの経営者はこの言葉に弱いのです。「全額損金」。

私のところにも日々、さまざまな保険会社の営業が「顧問先様にぜひ!」と言って新しい保険商品の案内をしにきますが、ここ最近やたらと目にする「全額損金」の商品があります。

既に提案を受けたかたも多くいらっしゃるかと思いますが、どういった商品なのかザックリと理解しておきましょう。

A保険、B保険という名前の商品で、保障額をそれぞれ1億円とします。

この、「全額損金」商品は、5年や10年といった前半期間と、それ以降の後半期間に分かれて保障内容が異なります。

A保険では前半期間に不慮の事故や災害によって死亡した場合に、B保険では1級・2級の身体障害者手帳の交付を受けるような所定の高度障害状態になった場合に1億円の保険金が支払われます。

しかし、A保険では前半期間に不慮の事故や災害を原因としない死亡、例えば病気などの原因で死亡した場合には、支払ってきた保険料よりも少ない額の死亡保険金しかおりません。同様にB保険でも、死亡原因は問いませんが前半期間に死亡してしまった場合には支払った保険料よりも少ない額の死亡保険金しかおりません。

次に前半期間を終えて保険期間が後半期間に入ると、A保険では不慮の事故や災害等の原因に関わらず、死亡すれば1億円の死亡保険金がおりるようになります。
同様にB保険でも所定の高度障害状態になった時及び原因を問わない死亡のどちらでも1億円の保険金がおりるようになります。

そして、この商品の特徴は解約返戻金の返戻率のピーク(80%~85%ほど)を前半期間終了時にもってきているところにあります。

つまり、A保険B保険ともに、不慮の事故、災害による死亡や高度障害状態など非常に起こる可能性の低い状態にならない限り1億円の保険金がおりない前半期間がやっと終了し、原因は問わない死亡でも1億円の保険金がおりる、保険としてまともな後半期間が始まる時に解約返戻率を高め、解約させることを前提で設計されている商品なのです。

当たり前ですが、保険とは万一の時に備えるためのものです。
ですが、この商品では万が一、前半期間で病死してしまうと払い込んだ保険料よりも安い死亡保険金しか支払われず、損をしてしまいます。でも、保険料は「全額損金」です。

そう、完全なる節税商品なのです。

保険屋さんは言います。
「解約返戻率のピークに合わせて社長の退職金を支給しましょう!
この保険に入れば節税しながら退職金原資を確保することができます!」
しかし、本当にそううまくいくでしょうか。

不確定要素が大きい中小企業経営者の退職時期は、なかなか予定どおりにはいきません。
「何年後に退職する」と言って、1年違わずその通りに退職した中小企業経営者を私はほとんど見たことがありません。

運よく利益を出し続け、返戻率のピークに合わせて解約したとしても、ぶつける損金がなければ、結局そこで税金はかかってしまいます。

こうした説明をじかにさせていただけば多くの場合、納得していただけますが、なんとしても契約が欲しい営業マンから「全額損金」による節税(繰延)効果のみを強調されると、入らないと損するような錯覚をおこすのも無理はありません。

しかし、冷静に考えていただきたいのです。

・解約返戻率のピーク時まで、保険料による節税効果が得られるほど毎期確実に利益を出し続けられるのでしょうか。
・解約返戻率のピーク時に本当に確実に退職するのでしょうか。
・極端に起きる確率の低いリスクにしか対応しない保険ですが、いいのでしょうか。
・毎期、多額のキャッシュの流出が固定されてしまいますが、いいのでしょうか。

この保険に入る時点で確実に分かっていることは1つ
「今期は税額が減る。しかし保険料でキャッシュも減る。」これだけです。

私は生命保険を否定しているわけではありません。
経営者は万一に備えて必要に応じた額の保障を確保しておくことは絶対に必要です。
そのために、むしろ生命保険はとても重要なツールだと考えています。

しかし、節税の魔力に取りつかれた経営者は時に判断を誤ります。
この商品を知ったことをきっかけに、思い出していただきたいのです。

生命保険本来の役割を。

新規事業の必要条件

経営者にとって新規事業を思案している時間は楽しいことでしょう。
とはいえ、考えている時点までは良かったものの、いざ実行に移すのは大変ですし、失敗したらどうしようと不安に陥ることも多いはず。
ただし、漠然とした失敗のことばかりを考えていては実行もままならないため、新規事業は「もし失敗したら?」ということまでを具体的に考え、覚悟を決めた上で実行に移す必要があります。
つまり、新規事業を行うためには、事前に撤退のための基準を設けておくことが必要条件となります。
「これから始めようと意気込んでいるにもかかわらず、先に撤退することを考えなければらなないのか?」
そうお考えの方もいらっしゃるかと思いますが、計画を練りに練った新規事業を実行に移した途端、失敗が目に見えることなど珍しいことではありません。
客観的に見れば明確な“失敗”という事実も、当事者にとっては受け入れ難い事実ですから、失敗をリカバリーしようとさらにコストを掛け、二次被害、三次被害と続き、最終的には倒産にまで及んでしまうこともあります。結局は、当事者のプライドを守るのか、会社を守るのかの二択になるのです…。
逆に言えば、失敗が明確になったが故にすぐに撤退を判断できるのであれば、それは会社にとって致命傷になる可能性を著しく低下させます。
成人式の晴れ着問題で大騒ぎになった”はれのひ”は、4年で6店舗の出店を行い、資金繰りが悪化した故の結末です。
この経営者はM&Aという救済を受けるための出口まで検討していたとのことですが、粉飾までして融資を受けていたので、まともにデューデリを受ければ箸にも棒にも掛からないのは明白です。
はれのひの経営者が「新規店舗出せば出すほど儲かる」と話していたことからすると、銀行から融資を引っ張る意図があったにせよ、撤退ではなく新規出店でしかリカバリーができないと考えていたのでしょう。この経営者自身がコンサルタントだったという事実も驚きです。
はれのひ事件はとても分かりやすい事例ですが、前受金ビジネスでこのありさまですから、実質的に何の計画性もなく、経営管理も行われてはいなかったという点は間違いありません。
新規出店などは典型的ですが、新規事業は原則として既存事業と分離して収益性の管理を行わなければなりません。これを分けずに既存事業と一体として管理してしまうと、問題の多くは覆い隠されてしまいます。
ちなみに、私がお客様と新規事業の撤退条件についてお話をすると、大抵は「分かっている」とおっしゃいます。「具体的には?」との突っ込みに明確にお答えいただけると私も安心するのですが、口を紡がれてしまった場合には、私が先回りをして撤退が財務に与える影響を検討してしまいます。
新規事業を既存事業と別管理”しない”と口にされる場合も、「自信がないのだろうなー。きっと失敗するな…」と想像し、同じように私の方で先回りして考えるようにしています。
つまり、現実を直視していただくための最低限の仕組みが事業別の収益性管理であり、現実を直視した後にすぐに行動に移せるようにしておくためのトリガーが撤退基準の事前設定です。
また、「これは失敗だ…」と誰もが思っても、経営者がその場になって撤退基準を緩めたり、悪あがきをするのは目に見えています。しかも、結果が変わらないであろうことは、お客様自身が十分分かっているのです。「それでも…」というのが最後の悪あがきであり、この”それでも”を完膚なきまでにたたきつぶすのが私どもの撤退における最後の役割です。
なお、客観的に成功可能性が低い事業について、「止めた方がいい」と言って聞く耳を持ってくれる場合は話が早いのですが、どんなに反対をしても「やらないことの方が最終的に問題があるな…」と思えば、やるだけやってもらって、失敗しても最小限の被害で収まるようアドバイスさせていただくこともあります。
最も質が悪いのは、明確な計画を立てずに新規事業を少しずつ少しずつ進めていくパターンです。いわゆる準備期間と称して、コストだけがダラダラと先行し、事業化が見えないままいつの間にか消滅するか、あるいは引っ込みがつかない規模にまでコストが膨らんだ結果、実際に事業を開始して、花火のごとく派手に散るということがあります。
以上、企業が新規事業を行うに際し、私どもからの立場でまとめると…
下記の二パターンは論外
・新規事業について十分な計画を立てていない
・「この新規事業をやるぞ!」と経営者が社内で宣言しないままやってしまう
(経営者の独走、社員が知らん顔)
下記のパターンはただ新規事業をやりたいだけの確信犯
・立てた計画について事前に客観的なアドバイスを受けない
下記のパターンは致命傷となる可能性を高める
・新規事業について、撤退のための基準を設けていない
・新規事業開始後、事業別の収益性管理を行っていない
とてもシンプルなことなのですが、中小企業の現場ではよく見かけます。これらを裏返せば、新規事業の成功の可能性を高め、失敗をしてもリトライできるということにつながります。
ライバル企業が新規事業を行っているのを見かけると、「うちも!」と力が入りがちですが、新規事業を実行するという判断よりも、撤退の判断の方がさらに難しいのです。皆様も新規事業を行う際は、必要条件を充たした上で進めていただければと考えます。