中小企業の内部通報リスク

完全に匿名で、非常に簡単に、ボタン一つ脱税に関するタレコミができます。

それは国税庁のホームページに設けられている『課税・徴収漏れに関する情報の提供』制度です。

中小企業を念頭におけば、通報者は親族、社員、取引先、経営者仲間などが挙げられます。通報者は限定されるとはいえ、記録が残らないのは恐ろしい…。ちなみに以下がこれまでの情報提供例です。

  • 租税回避スキーム(節税商品特定の取引手法を利用した租税回避など)に関する情報やその組成・販売をしている者又は利用をしている者に関する情報
  • 虚偽売上金額(収益)必要経費(費用)に基づく経理等により、不当・不正に所得金額等を低く(又は還付税額を多く)申告している者およびその手口の情報
  • 事業が活況を呈するなど、申告する必要があると考えられるにもかかわらず申告をしていない者に関する情報
  • 他人名義での取引他人名義の口座等を利用した取引又は事実に基づかない契約書、領収書、請求書、納品書等の書類の作成、交付、作成依頼等(白紙領収書等の交付依頼等を含む。)を行っている者に関する情報

  • 海外で稼得した所得に係る課税を免れている者各国の税制の違い・租税条約を利用して課税を免れている者に関する情報
  • 国税を滞納しているにもかかわらず、財産を隠匿している者に関する情報
  • 上記のような者の協力者に関する情報

実態としては何ら問題はないケースでも、そのような疑念を他人に抱かせるような言動が、税務当局への通報につながる可能性があるということです。

なお、脱税のタレコミのお話から始めたのは、6月1日から、改正された内部通報制度(公益通報者保護制度)が施行されるからです。

内部通報制度を簡単に説明すると「企業不祥事が相次ぐことから、その隠蔽を暴くための内部通報を行った社員を解雇などから守り、企業も通報に対して適切に対応することを求める」ためのものです。

これが義務化されるのは従業員300人超の企業であり、ほとんどの中小企業には関係がありません(従業員300人以下は努力義務です)。

無関係とはいえ、このような制度が知られるようになると正義感に燃える社員および外部関係者が通報するという事態も考えられます。同一労働同一賃金の改正の際にも同じようなことが起きました。

「大企業であればまだしも、中小企業の社員がどこに通報するの?」

という疑念は当然です。国税庁の匿名タレコミのように誰でも簡単に通報できるものはありません。あくまで企業側に内部通報制度の整備を求めるものです。

そして、中小企業の不祥事は生死に直結するため、内部通報によって企業がつぶれてしまっては通報者自身も不利益を受けます。それゆえ、通報者が退職または関係を断つくらいの覚悟、強い恨みがなければ、中小企業において内部通報制度が使われることは稀でしょう(心当たりがある方はお気をつけを…)。

ただし、経営者としては、このような制度があることを頭の片隅に置いておく必要があります。これまでも労働基準監督署に駆け込まれた、弁護士から連絡が来たなどの話はよく耳にしましたし、この延長上に公的な制度が新たに設けられたということです。

近年ではSNSなどを通じて企業の内部事情が暴露されることが問題となっています。これに加えて、公的に通報制度が整備され、消費税や原価高に伴う価格転嫁拒否という下請けいじめの取り締まりも行われています。

繰り返しますが、中小企業において、不都合な内部事情を暴露されることは生死にかかわります。その場では事なきを得ても、一度公になった不祥事はWEB上に残り続けます。

もちろん、不祥事の隠蔽や脱税を行っている中小企業はごく一部…。それでも社員や取引先から強い恨みを買うと、事実ではないことを通報される恐れがあり、それが拡散されるリスクが生じます。情報をクローズすることが良いとは思えませんが、オープンすぎることもリスクを高めます。

すでに、皆さまの足元にも通報リスクが生じているかもしれません。

「タレコミは必ず起こる」

現時点で中小企業に内部通報制度の義務は無いとはいえ、今後義務が拡大されていく可能性もあります。自社には無関係な制度とは思わず、この事実から足元を見渡しましょう。

世代が違うと考え方も変わりますので、若い世代は内部通報に抵抗は無いかもしれません…。