インボイス制度対応の実務について、ひと言

皆さまの会社にも、取引先から「適格請求書発行事業者の登録番号」の通知や、状況確認の書類が届き始めていることと思われます。

ここで気になるのは、それが郵送、FAX、メールなどで、ご丁寧に行われている点です。
取引先が100社あれば、100社に向けてそれを行っている…。

まず、法人については「法人番号」というものが割り振られていることはご存じのとおり。
この法人番号は国税庁のサイトで簡単に検索できます。

  ⇒ 『国税庁 法人番号公表サイト』

そして、インボイスの登録番号は法人番号の先頭に『』を付けただけです。つまり、法人番号が分かれば登録番号も分かります。ただし、その法人が現時点で登録しているかどうかまでは分からないため、同じく国税庁のサイトで登録の有無を確認できます。

  ⇒ 『国税庁 適格請求書発行事業者公表サイト』

ここで登録されていることを確認できれば、わざわざ取引先に問い合わせる必要はありません。そうであるにもかかわらず、郵送でやり取りする必要があるのか…という点がとても気になっています。

「とはいえ、取引先が100社あれば、自分で100社分検索するのも面倒だろう?」

いえ…、紙で取得した番号をわざわざ手で入力する方が面倒だと思われます(入力しないのであれば取得の必要もありません)。公表サイトのデータであればコピペで済みます。なお、気の利いた事業者は自社のホームページで登録番号を公表しています。隠すものでもありませんし、取引先から問い合わせがあれば「ホームページを見てね」と言ってしまえば終わりです。

基本的に、消費税の免税事業者(おおむね売上高が1,000万円未満)ではない限り、登録しないというケースはほぼ無いとお考えいただいて結構です。

つまり、インボイス制度に乗ってこないのは、消費税の納税のメリットがない特殊な事業を行う事業者、および個人事業者を中心とした売上高が1,000万円未満の小規模零細事業者となります。

このような可能性がある事業者と取引がある場合には、個別で確認が必要かもしれませんが、それ以外の事業者は確認すら不要ではないかと考えています。少なくとも1年後からは請求書などに必ず登録番号が記載されるため、事後的な対応でも問題ないのです。

また、取引先にこのような通知を行うことは「必ず登録してね!」と圧力を掛けていることと同じです。それなりの規模の企業にこのような通知を送るのはそもそも失礼ですし(気を付けてくださいね…)、小規模零細事業者に対しては圧力以外の何物でもありません。

「登録しないと取引しないぞ!」

本来は消費税の納税を行う必要が無い規模なのに、取引の継続を人質に取るような手法が今の時代に合っているのかという点は、気に留めていただく必要があります。

優秀な方が副業などで数百万円程度を稼いでいる場合も同じです。このような方に圧力を掛けても意味がありません。すぐに登録番号無しを容認してくれる取引先に乗り換えるでしょう。

この登録番号の取り扱い一つとっても、その企業のスタンスが垣間見えます。とくに個人事業の方との取引が多い場合は、炎上しかねませんのでご注意を。

インボイス制度は消費税だけの問題ではないのです。
大切な取引先とは丁寧なコミュニケーションを行われてください。

扶養から外れてしまうので休ませてください問題

中小企業の採用市場は厳しさが増す一方。
他社より多少待遇を良くしたくらいでは、応募すらないという状況が当たり前になってきました。

こうなると、募集は常にかけつつも今いる社員でどう戦っていくかが重要になるわけですが、これから年末にかけて多くの中小企業で巻き起こるのが、パート・アルバイト従業員の「扶養から外れてしまうので休ませてください」問題です。

しかし、話しを聞いてみると現在の制度の内容を正しく理解しておらず、なんとなく「103万円の壁」にこだわっているケースがいまだに少なくなくありません。

ここ数年の改正で複雑さが増しているせいで、理解することを諦めた結果、知識が更新されることなく「103万円の壁」の印象だけが、なんとなく残り続けているのです。

ではまず、「収入の壁」から整理していきましょう。
最もよくある「ご主人の扶養の範囲内で働きたい妻」のケースで考えていきます。
壁は大きく6つです。

『収入の壁の整理』

結論から申し上げると、重要な壁は社会保険の加入が絡む「106万円の壁」と「130万円の壁」2つだけです。

皆さんの会社が従業員数101人以上であれば今月からの改正で「106万円の壁」がパート・アルバイト従業員に立ちはだかることになりますが、従業員数100人以下の企業を経営する読者が多いと思われますので、今回は「130万円の壁」を用いて、夫の年収が400万円の場合の影響額を具体的に見てみることにしましょう。

『世帯収入影響額表』

いまだよく耳にする「103万円の壁」ですが、ここを超えても収入が増えれば手取りも増えるため、気にする必要がないことが理解できるはずです。130万円の壁を超えなければ、税金はかかっても妻の手取り額は増え続け、夫も変わらず配偶者控除が受けられますので、働いた分だけ世帯としての手取り額が順調に増加していくことが分かります。

一方で妻の年収が130万円の壁を超えると、夫の社会保険の扶養から外れることで妻自身が社会保険に入る必要が出てくるため、手取り額が大きく減ってしまいます。妻の手取り額を回復させ、世帯の手取り額を再び増加させるには150万円を超えて稼がなければなりません。

妻の年収によって、ご主人が勤めている会社から配偶者手当をもらえなくなることがありますので、「配偶者手当の壁」も注意する必要がありますが、そもそも配偶者手当自体が廃止されている企業が増えたため、「ご主人の扶養の範囲内で働きたい妻」の多くが気にすべきは「130万円の壁」だけということになります。

経営者からの要望で、このことを顧問先のパートさんに丁寧に説明してあげると、それならばもう少し働きたいといった反応が返ってくることを私は何度も経験しています。

採用が困難を極めるなか、今あるパート・アルバイトの戦力はとても貴重です。
そして、あらゆる物の値段が上がるなか、扶養の範囲で少しでも家計を助けたい人が大勢いるはずです。

社内の知識を正しく更新し、しっかりと共有していきましょう。

創業者の後継問題

日本電産、永守さんの後継候補が退任との報道…。
毎度のことですが、カリスマ創業者からのバトンタッチは一大事です。

ユニクロの柳井さん、ソフトバンクGの孫さんも後継者問題についてよく取り上げられていますね。

ちなみに、現在の3人のご年齢は以下のとおり。
 ・永守さん(78歳)
 ・柳井さん(73歳)
 ・孫さん(65歳)

あまりにも高い経営目標を掲げるゆえに、この3人の経営者は「大ぼら3兄弟」と呼ばれているそうです。同じように成果を出す人材のみが後継者ということなのでしょう。

この3社の後継者問題をややこしくしているのは、3兄弟の体力が衰えても自分の手足として動く忠実で優秀な部下がそろっているという点です。今回の日本電産も大番頭の73歳の幹部が中継ぎを引き受けるとのこと。これがカリスマとして君臨しつづける仕組みでもあります。

しかし、忠実、かつ優秀であるがゆえに後継者となるような部下はおらず、3社とも外部から招聘しては失敗するという皮肉…。

自分が求めている方向性で成果が出なければクビ。
自分と方向性が異なればクビ。

自分が求めている方向性で、自分並みに成果を出したときに合格。
ですが、それは無理筋ということはご本人たちも分かっているはず。

仮に後継者が業績を伸ばせるとしたら、節目でいち早く引き継いだ場合のみ。基本的にイケイケドンドンの時期に後継するなどあり得ません。失敗も目に見えています。そのため、ここまで来くると3社の株価が低迷をつづけたタイミングでしか退任は難しいかもしれません。結果が出るかは別として、仕切り直しは後継者の専売特許ですので。

一方、中小企業は後継者問題の先送りが破滅に直結します。そもそも、自分の手足として動けるような忠実で優秀な部下はいません。いたとしても一人か二人。もちろん後継者にはなり得ません。経営者の体力の衰えがそのまま会社の急激な衰退につながります。

中小企業こそ社内昇格など夢のまた夢ですから、親族が継がないのであれば早めに外部に引き継いでもらい、存続を優先しなければなりません。3社とは異なり、事業承継の時期に会社が下降曲線を描いていたら目も当てられません。

なお、日本電産の報道と同じ時期に稲盛さんが亡くなられました。同じくカリスマと称された稲盛さんは50代半ばで京セラの社長を退任し、73歳で取締役も完全に退任されています。現KDDIを含め、創業した会社に固執することなく、道筋をつけた上で、きれいに身を引いてきました。時代が少し違うとはいえ、やはり対照的です。

稲盛さんは創業した京セラの社長を退任されても、最後はJALの会長まで引き受け、経営者として活動をつづけられたのは周知のとおり。

後継者問題を引っ張りつづける大ぼら3兄弟が引退した後、この3社の5年後、10年後がどうなっているのか見ものです。その結果によって、カリスマ創業者としての最終的な評価が下されるのでしょう。

中小企業の経営者である皆さまも、体力の限界まで事業承継問題を引っ張らず、自社が下降曲線を描く前に決着をつけてください。例外は、一代限りの会社のみです。

親族に承継するにしても、外部に譲渡するにしても、その準備に最低5年は掛かります。

そして、後継が早ければ、次の経営者人生も待っています。
創業した会社、引き継いだ会社がすべてではありません。

生存対策

「不動産小口化商品」をご存じでしょうか。

これは2015年に行われた相続税の基礎控除縮小以降に増えた、都心オフィスビルなどを小口化して共同で所有することができる商品です。

分配金(家賃収入)を受け取れることに加えて相続税の財産評価を下げることができるため、先月末の日経新聞の記事によれば、節税したい高齢者に人気で急伸しているそうです。

1口100万円程度から買えるため、アパート・マンション経営などに手が出せない中流層からの関心が高く、記事では神奈川県在住の78才の二宮太郎さん(仮名)が少額から始められるうえ、子ども2人に相続するときに分けやすいとみて4000万円を投じたことが紹介されていました。

土地の評価は時価の約8割、建物は固定資産税評価額が相続税評価額になりますので、現金での相続に比べて相続税が抑えられることはご存じの通りです。都心一等地の物件であれば資産価値が落ちにくいことも事実。小口化されていますので、遺産分割もしやすいでしょう。

しかし、不動産を利用した節税対策が、そもそも中流層に必要なのでしょうか。

基礎控除の改正後、金融資産1億円未満の中流層が広く課税対象となってしまったことは確かですが、記事で紹介されている二宮さんの相続財産が仮に9000万円だとした場合、お子さんが2人いる二宮さんの相続税は奥さまがご存命なら240万円、すでに他界されているようであれば620万円です。

もちろん小さな額ではありませんが、9000万円の金融資産があれば、この額の納税に困ることはないはずです。にもかかわらず、普通に支払える相続税を減らすために9000万円のうちの半分近い4000万円を不動産に変えてしまっていいのでしょうか。

二宮さん自身、まだ78才です。仮に5才年下の奥さまがいらっしゃれば、20年以上の時間が残されていると考えて備えなければなりません。9000万円を20年で割ってみれば、それが思ったよりも大金ではないことに気づくはずです。

長く生きれば病気をして入院することや、施設に入ることにだってなるかもしれません。
そうなればまとまったお金が必要になります。

平均寿命が80才を超え、女性は90才から100才くらいまで生きることを前提に考える必要がある現在、ご自身が生きている間はもちろん、わが亡き後も配偶者がお金の心配をしなくて済むこと、子や孫たちに金銭的な迷惑をかけないように備えておくことのほうが、税金対策よりもはるかに重要です。

「不動産小口化商品」で検索をかければ、節税効果をことさらに強調した広告であふれています。狙いは中流層です。

節税の必要性を熱心に説いてくる人はたくさんいますが、長寿時代の「生存対策」の必要性を説いてくれる人は残念ながら少数です。

中小企業経営者には中流層か、それ以上の方が多くいらっしゃいます。
何が一番大切なことか。今のうちから考えておきましょう。

安全・安心の対価

原料高、エネルギー高で次々と値上げが実施され、“値上げせざるを得ない”商品・サービスが苦戦する一方、値上げされても需要が落ちない、むしろ伸びていくものもあります。

その違いは何なのか?

その一つに『安全・安心』があるということは皆さまもお気づきのはず。高くても安全・安心なものを買い求める…それが心理的なものか、物理的なものかはそれぞれですが、結局は不安の裏返しなのでしょう。

たとえば、エネルギー高不安から光熱費を抑えるための高額な商品が売れたり、環境不安から割高なSDGs的商品が売れたり、事故やあおり運転に対する不安から安全機能が充実した自動車が標準(標準価格の値上げ)になっています。

したがって、私たち中小企業も、改めて「安全・安心は有料(付加価値)になった」という現実から自社の商品・サービスの見直しを行う必要があります。

ちなみに、安全・安心がキーワードの商品として私が思い浮かんだものはホームセキュリティ。以下は経済産業省のサイトに掲載されている市場規模の資料です。

『機械警備対象施設数の推移』

一昔前までは「お金持ちのお宅が…」というイメージがありました。しかし、近年では犯罪対策のみならず、共働き世帯の増加による子どもの見守りニーズ、高齢者の見守りニーズなどの増加で市場が伸びています。安全・安心の有料化の典型でしょう。

コロナ禍で環境整備にお金をかけて安全・安心をアピールしても、提供する商品・サービスが変わらなければ対価にはなりません。コストだけ増えて終わり。

「コロナの影響で…」、「原料高で…」と値上げについて謝罪する書面が店頭に貼られたりしていますが、多くの人はそのようなことを求めていません。目に見える具体的な安全・安心を求めているはず。

SDGsの良し悪しは人それぞれでしょうが、好まれる方々は『持続可能』のために割高を許容します。中小企業が持続可能となるためにも割高を許容されるようでなければなりません。

そして、重要なのは、仮に価値があったとしても、競合よりも中途半端に高いくらいでは安全・安心を感じにくい(むしろ不安になる)消費者も多いということです。「価格は2倍だけど、効果は3倍!」などとはっきり伝えられた方が安全・安心を感じます。

割高で高付加価値なものはニッチな市場であり、数は出ません。しかし、手間暇かけた以上のものを回収できる市場でもあります。まさに中小企業のためにあるような市場。

皆さまもお客さまに安全・安心を提供できているか、そこに付加価値はあるか、その対価を回収できているか、いま一度検討されてみてください。

ゾンビは現実を見ない

質問です。
「皆さんの会社の先月末の預金残高と借入金残高はどれくらいですか?」


帝国データバンクは先月27日、「ゾンビ企業」に関する初の調査結果を公表しました。

ゾンビ企業の定義は設立10年以上の企業で、営業利益や受取利息の合計を支払利息で割った数値である「インタレスト・カバレッジ・レシオ」が3年以上にわたって1未満の企業となっています。

  【インタレスト・カバレッジ・レシオ】
  事業利益(営業利益+受取利息+受取配当金)÷(支払利息+割引料)

要は実質的に経営がほぼ破たんしているにもかかわらず、金融機関、政府などの支援によって生きながらえている企業のことです。

帝国データバンクの調査で経営実態があることが確認できている146万6000社に当てはめて試算したところ、ゾンビ企業は2020年度時点で約16万5000社にのぼり、前年度から約1万9000社増えたそうです。全体の1割強がゾンビ企業ということになります。

コロナ過がゾンビ企業を増加させたことは明らかですが、一歩手前の予備軍を含めれば、おそらくその数は倍以上となるはずです。

しかし、ゾンビ企業とその予備軍の経営者には、その自覚があまりありません。
理由は簡単です。経営がうまくいっていない企業にかぎって、自社の状況を正しく把握していないのです。冒頭の質問に答えられない経営者が大勢います。

金融機関がお金を貸さないほどに経営が悪化すれば、普通はさすがに気がつきますが、コロナ過で国が進めた大盤振る舞いは、経営者の現実を見る目をふさいでしまいました。

行動制限で大幅に売上が減少し営業損失に陥るも、各種協力金、助成金、支援金などを受けたことで経常黒字の決算書。損失を補填するための支援金で車を購入する経営者がいます。

事業再構築補助金の登場で、補助金が出るのならば新規事業を始めたいという「補助金ありき」の設備投資の相談を何件も受けました。もちろん、補助金は大いに利用すべきです。

しかし、新規事業への取り組みには、経営者の思いと覚悟が必要です。補助金が出るならやるけど、出ないならやらないという新規事業が上手くいくとはとても思えません。仮に補助金が採択されなくてもやるんだという覚悟が絶対に必要です。

公表されている採択がおりた事業計画を見ると、疑問符がつくものが少なくありません。
補助金によって始めた事業が、さらなるゾンビを生まないことを祈るばかりです。

コロナ過は依然として続いていますが、各種支援は縮小され、コロナ融資の返済は始まりだしています。ウクライナ危機をきっかけにあらゆるものの値段が上がり、今月初めには過去最大幅での最低賃金上昇が報じられています。

ゾンビ企業が倒産し、予備軍がゾンビになるケースが増えるのは、まだまだこれからです。
油断すれば誰しもが予備費になってしまう可能性があります。

さて、もう一度質問です。
「皆さんの会社の先月末の預金残高と借入金残高はどれくらいですか?」

状況は現実を正しく見ることでしか変えることができません。
即答できなかった経営者は要注意です。

中小企業の物理的な構造

前回のお話の続きです。

前回はデータのお話をさせていただきましたが、今回は物理的な構造です。
まず、この画像をご覧ください。

『シンク画像』

これが典型的な中小企業の状態であり、日々、このような感じであると思われます。

水栓から出てくる水が仕事、排水溝へ流れていく水が売上げ。
前回はこれをデータの入口・出口と表現しました。

皆さま十分ご承知のとおり、仕事の問い合せがスムーズに売上げにつながることは稀です。この画像のように、売上げへの到達を阻害する負のフィルターが何重にも積み重なっているからです。

そのため、水栓を全開にすれば水がシンク外にあふれ、あわてて閉めれば仕事も減る。どの企業もこの状態を繰り返し、自社の現状に観念すると、シンクからあふれないギリギリの水の量でやり過ごすようになります。これが縮小均衡へと続く道…。

誰しも、シンクにたまった洗い物・食べカスを片づければよいと分かっています。それでもなかなかできません。リスクを取ることを恐れない(または何も考えない)経営者が次に行うことは、シンク自体を大きくするという突貫工事です。シンクを大きくしても、片づけができなければ元通りになるということも後から気づきます。リスクだけが増え、リターンは薄い…。

つまり、皆さまの会社の構造をシンプルに表現すると、キッチンのシンクと同じ。中小企業が大きくなれない、大きくなっても利益が出ないという構造上の問題もここに集約されています。逆に言えば、洗い物・食べカスの片づけ(火消し)を優先する企業がそれほど少ないということです。

繰り返しますが、水栓から出てくる水が仕事の流れです。スムーズに流れるかどうかでスピードが変わり、排水溝に到達する量で売上げが変わり、水の透明度が利益率の高さに比例します。

シンクがきれいに片づいており、水栓から出てくる水がスムーズに排水溝に流れていけば、おのずとお金はたまります。水があふれることもなく、ムダが出ません。

経営者が決定すべきことは、水栓をどの程度「開いていくか」の方針です。

水が排水溝まで届かない、外にあふれ出そうだということであれば、売上げを捨てる覚悟で閉めなければなりません。ここで注意すべきは一度閉めた水栓を再び開けたときに仕事が戻るとは限らないということ。状況は刻一刻と変わっています。

ここまででお分かりのように、中小企業の問題は火消し作業をせずに水栓の開け閉めだけで経営を行おうとすることにあります。

中小企業でも売上高が大きくなっていく企業は水栓を大きく開いています。水を多く流します。売上高の増加に伴い規模も大きくなっていく企業は、汚れ物も食べカスも残らないようにシンクを常に整理しています。

“大きくならない”と決めた中小企業は、お客さまから「水栓をもっと開けてくれー」と言われても、頑なに維持します。

また、本来であれば、水栓を開く前に水がきれいに流れるルートをあらかじめ構築しておくのが理想です。これがいわゆる『仕組み』と言われる構造。

“ししおどし”のように一定の水がたまったら自動的に流れるような段階を組み込んでおき、都度介入しなくてもよいようにしておきます。中小企業はリソースに制限がある以上、ある程度のクッションは必要であり、水をストレートに排水溝に流せばよいという訳ではありません。そうしないと経営者がいつまでたっても現場から離れられません。

しかし、既に水栓が解放されている状態では、理想的な仕組みを構築し直すというのは現実的に無理があります。できることと言えば、片づけながら徐々に仕組みを導入していくこと。

なお、稀に見かけるのが、仕組みの見た目はきれいなのだけれども、水はいつまでたっても排水溝まで届かない…という複雑な構造になっているケースです。

中小企業の仕組みはピタゴラスイッチである必要はありません。仕組みを作るのは中小企業の経営者であり、実行するのは中小企業の社員です。レベルを合わせなければなりません。また、シンプルではない仕組みは一度破綻すると余計混乱します。

以上、ものすごく抽象的なお話でしたが、中小企業の経営はこれだけで決まっていると言っても過言ではありません。

データでも人でも物でも、シンプルに構築し、シンプルに運用する。
それだけです。

お客様のためにお客様を減らす

東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは、新型コロナの収束後も入場制限を続ける方針であるという記事が6月22日の日経新聞に掲載されていました。

コロナ過で国や県から入場制限を求められたことでチケット争奪戦が起きたものの、来園者からは「アトラクションの待ち時間がなくなり、従来より楽しめた」という声が聞こえたことが、拡大路線を続けてきた運営方針を転換する大きなきっかけになったそうです。

新型コロナ収束後もコロナ前の最大8割程度にとどめる制限を続けることでアトラクション利用前の長時間の行列を解消し、顧客満足度を高めるのが狙いです。

昨年、開業以来初の1年に2回の値上げを実行したオリエンタルランド社。
コロナ前の2018年は7,400円であったワンデーパスポート(大人)料金が昨年10月からは曜日などによって異なる7,900円、8,400円、8,900円、9,400円の4段階に改定されました。

『料金と来園者の推移』

公式カレンダーを確認すると、改定前の平日料金8,200円より安い7,900円の日はかなり限られており、改定前の休日料金8,700円よりも高い8,900円、9,400円の日が多く設定されていることが確認できます。

先日公表された2021年度の決算では来園者数は当初予測を上回るも、コロナ前の2018年のわずか37%の1205万人まで減ってしまいました。一方で、ゲスト1人当たりの売上高は14,834円にまで上がり、来園者数が6割超減少したにもかかわらず、テーマパーク事業単体で営業利益25億円を計上しています。

過去最高のゲスト1人当たり売上高を記録し、テーマパーク事業で916億円の営業利益を出した2018年度決算でさえ、その数値は11,614円です。2021年度のゲスト1人当たり売上高14,834円がいかに驚異的な水準であるかが分かります。

中期経営計画では2024年度の来園者数目標を2018年の実績3255万人の8割弱に相当する2600万人としていますが、1人当たり売上高の伸びを見れば、来園者数を2割減らしても収益は十分に確保できる計算が容易に成り立ちます。

値上げを考えた際に経営者の頭を真っ先によぎるのは、顧客離れによる売上高減少の恐怖です。しかし、当たり前のことですが、売上は【売価×販売数量】ですので、売価を上げることができれば客数は減ってもかまわないはずです。

客数が減少しても利益が減らなければ、値上げは成功。客数が減った分、生産性は確実に向上します。客数が減少すれば、値上げを受け入れて残ってくださったお客様へのサービスを今よりも充実させることができます。

値上げ後に残っていただいたお客様の多くはファン客のはずです。
オリエンタルランド社は値上げをしたうえで意図的に来園者数を減らし、利益を減らすことなく、ファンであるお客様に、より満足していただこうとしているわけです。

値上げは、既存の大切なお客様を、より大切にするために必要なこととも言えるのです。

データの木を見て森を見ず

『先行指標』『遅行指標』という経営指標の考え方があります。

因果関係がある入口(先行)と出口(遅行)について測定できる数値のことです。

会社業績で例えれば、先行指標を『問合せ数』、遅行指標を『売上高』と設定した場合に、問合せ数をタイムリーに抑えておけば先の業績がざっくり管理可能…というイメージです。

もちろん、先行指標と遅行指標の『間』には数えきれないデータ(金額、件数、人数、%など)が存在し複雑に絡み合います。それでもあえて単純化すれば、「平均契約率50%」、「平均販売単価100万円」というデータだけでも、月100件の問合せ(入口)で平均月商は5,000万円(出口)と見込みが立つわけです。

「あたりまえのことを今さら!」とツッコミが入りそうですが、経営をこのように単純化して考えられない中小企業がおそろしく多いのも事実です。

つまり、現状把握ができていません。自社のパフォーマンスデータが分かっていません。問合せ数が多ければよいとは分かっているものの、その根拠となるデータが曖昧なので先行き管理ができません。

経営者に質問しても「だいたいこのくらいかなー…」という感じで、実際のデータを分かっている方は少ないはずです。

さらに、データを集計している中小企業自体は少なくはない…という実態が問題をややこしくしています。とくにインターネットでビジネスを行っている企業がデータを活用するのは当然のことであり、たくさん集計し、たくさん保有しています。

ここで、一つの仮説として「データをたくさん保有していれば業績がよいのか?」という点に行き着きます。

「データを制するものは…」の論調で語られる近年のデータドリブン経営。データを使えないのは〇〇だくらいの勢いです。

ですが、データはファクターの一つであり、それ自体が目的ではありません。経営に必要なデータは昔から変わっていません。

データを本当に分かっている経営者は、より少ないデータでシンプルに判断しようとします。データドリブン経営とは口にしません。

会社経営というレイヤーにおいては、業績改善の目的のためにデータが必要なのであり、頂点のデータだけでは不十分な場合に直下の関連データを細分化していくイメージです。最初から現場のデータを分析しても、会社全体の業績には直結しません。

たとえば、店長に単価を変える権限がなく、かつ売上目標を与えられているのであれば数を追うしかありません。お客さまの回転率というデータですが、回転率を上げようと思えば人手も掛かります。人手を掛けたくても人件費を増やす余裕はなく、人手を掛けてもきっと儲からない…。ジレンマです。

ここで経営判断として単価を倍、客数を半分と決めてしまえば、店長が数を追う必要はなくなります。ついでに人手も7割で済むのであれば、回転率は低い方がよいという真逆の結果です。

最近は現場の社員にもデータを使わせるケースが増えてきました。しかし、最も重要なのは経営判断です。この判断をもとに現場にデータをおろします。経営判断を伴わないと、細かいデータが乱立し、現場はデータに振り回されます。そして、データをいくらこねくり回しても業績はよくなりません。

繰り返しますが、データを生かすためには明確な目的が必要であり、目的があいまいなままデータを振りかざせば、ムダな時間とコストが掛かります。

中小企業はグローバルな大企業とは違うのです。経営者が方針を決め、その方針の実現のために必要なデータをシンプルに活用すれば十分です。

とくに中小企業は経営判断のデータと現場判断のデータを同じレイヤーで議論する傾向が強く、値上げ一つとっても、経営の問題から判断せず、現場のデータを使って検討するのです。

このメルマガでは値上げ値上げとしつこく表現していますが、それは値上げが他のデータを無効化できるほど圧倒的なインパクトがあるからです。単価決めはデータドリブンではなく、方針です。

以上、ここまではデータドリブン経営に対する苦言でした。

なお、近年では先行指標と遅行指標だけでは不安に駆られる事態も発生しています。それは、モノ不足、人材不足、コロナや戦争における『滞留』という要因です。

先行指標が好調でも、遅行指標として結果が出るまでの期間が長期化しているという現実に対応しなければなりません。そのため、『中間指標』または『滞留指標』と表現すべき指標も必要となってきています。これは入口から流れてくる指標がスムーズに出口に向かうよう折返し地点に番人を設けるという意味です。

ちなみに、先行指標、遅行指標に目標管理を考慮したものが流行りの『KPI』『KGI』とお考えいただいてよろしいかと思われます。

皆さまも目の前にデータを広げすぎていないか、口だけのデータドリブン経営になっていないか、いま一度確認されてみてください。

最低賃金が経営を変える

今月7日に閣議決定された「新しい資本主義の実行計画」の工程表に、「最低賃金についてはできる限り早期に全国加重平均が1000円以上となることを目指す」ことが明記されました。具体的には2025年度までの達成を目指すとのことです。

全国における現在の最低賃金と、全ての都道府県が1000円まで引き上げた場合の上昇率を一覧にしてみましたので確認しておきましょう。

『最低賃金一覧』

現在のところ1000円を超えているのは東京都と神奈川県のみ、最も低い高知県と沖縄県は820円です。800円台にとどまる多くの県が1000円を目指すには110~122%ほどの上昇率となることが分かります。

政府がかかげる1000円以上という目標数値は全国平均ですが、現在が930円ですので、あと3年で全ての都道府県において概ね108%ほどの賃上げが求められることになります。

私たち中小企業にとって楽な目標値でないことは確かですが、最低賃金額での募集ではなかなか人が集まらない状況は都市圏では既に何年も前から始まっており、ここ数年で地方でも似た状況になりつつあるのはご存知のとおりです。

他社よりも高い給与を支払うことができなければ、優秀な人材どころか、単純な労働力の確保すら難しくなってきていることを強く認識しなければなりません。

売上を数で稼ぐことが難しい中小企業における解決策は1つ。
価格を上げて賃金の原資となる付加価値額を向上させていく以外にありません。

今後3年で最低でも賃金の108%程度の付加価値額向上ができない企業は事業を続ける資格がない。私たちはいま、政府にそう言われているのです。

しかし、値上げはそう何度もできるものではなく、最低賃金上昇に応じて毎年値上げを繰り返すわけにはいきません。

つまり、目の前のコスト上昇分だけを転嫁する値上げではダメなのです。
単なる価格の上げ下げが通用するほど簡単でも単純でもありませんが、やるからには少なくとも向こう何年は値上げしなくても大丈夫だという計算が立つかたちでの対応が必要です。

ここから先の価格戦略(値上げ戦略)が持つ意味は今まで以上に大きく、存続に関わるものであることは間違いありません。

「価格を上手に上げていくことができない中小企業は生き残れない。」

このことを強く肝に銘じておかなければなりません。