タバコ増税にみる参照価格

「いっそのこと、1,000円になれば禁煙するのに・・・」
喫煙者から良く聞こえてくるセリフです。
10月1日、タバコ税の引き上げにともない、タバコの値段が上がりました。
過去10年間で、3度の増税がありましたが、いずれも値上げとして反映されたのは20円程度。
今回のように100円以上の値上げは初めてのことで、業界関係者の不安は募る一方です・・・。
タバコの値段と禁煙意思との関係について、京都大学の依田教授が興味深い研究を行っています。
2007年に発表された『禁煙意思に関するコンジョイント分析』は、今回の値上げに際し、政府税調も参考にしたとか、してないとか。
調査に際し、研究チームは喫煙者に「タバコの価格がいくらになったら禁煙しますか?」というアンケートを実施しました。
結果はつぎのとおりです。

縦軸は喫煙継続率、つまり、「その値段になってもタバコを吸います。」という数値です。また、3本のグラフは回答者のニコチン依存度を示し、依存度別に価格と禁煙意思の相関関係を測っています。
当時の価格300円でも継続率が100%を下回っているのは、「価格が変わらなくても、いつでも止めたいと思っている・・・」という意思の表れです。
お決まりのセリフ、「いっそのこと、1,000円になれば・・・」を検証してみると、確かに1,000円になれば、依存度にかかわらず、ほぼすべての人が禁煙を試みるようです。
さて、今回の値上げ水準である400円を見てみましょう。
依存度の高い人の約10%、中位の人の約20%、低い人の約35%がタバコをやめようとします。
実際には喫煙者のニコチン依存度が平均的に分布しているわけではない、という前提はありますが、仮に単純平均してみると、全体の22%、およそ5人に1人がタバコをやめようとするはずです。
・・・でも、あれ?皆さんも周りを見渡してみて下さい。5人に1人もいますか?タバコをやめようとした人。
ニコチンには依存性がありますので、実際に禁煙した、ではなく、禁煙を試みた、で構いません。それでも私の実感としては、10人に1人いるかどうか・・・。
京都大学の研究結果とのズレはどこから生まれたのでしょうか?
違いは、今回の値上げについて、いくらを『参照点』として認識しているか、というところにあります。
消費者はモノの価格を判断する際に、基準となる『参照点』からの距離で価格の良し悪しを判断しています。
そのモノがもたらす有用性・経済的価値を冷静に判断し、0地点から価格を判断することなんてあり得ません。
京都大学の研究において、対象者は、当時の価格300円を基準に価格を判断しました。
今回の値上げでも、300円を基準に判断したはず・・・、なのですが、値上げに至るまでのノイズがかなりありました。
平成22年度税制改正に向けて、当時の長妻厚労相はテレビ放送で「600円をめどに」とコメントしていましたし、他の方面からは「欧米並みの1,000円を基準に」との声もありました。
喫煙者は無意識的に、これらの高価格帯を一度は覚悟したはずです。
それを基準にすれば、今回の400円なんてたいしたことはありません。
・・・少し気になりませんか?
そういった雑音が自然発生的に起こったものなのか、意図的に起こされたものなのか。
政府は、今回の値上げについて「国民の健康増進のため」との御旗を掲げていますが、税収が厳しいのは周知のとおり。ホンネを言ってしまえば、税収を確保したかったはずです。
(ちなみに依田教授の研究によると、タバコ税の増加と、喫煙者の減少により、タバコ税収自体が減少に転じるクロスポイントは600円と予測されています。)
また、JTにしても、
「値上げ反対!400円反対!」と言って400円に落ち着くよりも、
「値上げ反対!1,000円反対!」と言って400円に落ちついた方がいいわけです。
・・・真偽のほどはわかりませんが、・・・こういったノイズ、いろいろなところで使えますよね。