中小企業における採用難と人件費の高騰

中小企業にとって永遠の課題と言える、採用難と人件費のバランス…。
まずは、下記の統計をご覧ください。企業の従業員規模別の新規求人数の推移です。リーマンショックでの急激な落ち込みを除いて、求人数は増加傾向にあります。また、その中でもここ数年の【1-29人】規模の企業の求人数が群を抜いています。

(中小企業庁『中小企業白書2014』87頁)
次に、下記の統計をご覧ください。企業の従業員規模別の雇用者数の推移です。【1-29人】規模の企業の雇用者数の減少傾向が続いています。

(中小企業庁『中小企業白書2014』88頁)
これは、もっとも雇用者数が多い【1-29人】規模の企業数自体が減少(廃業・倒産・休眠など、個人企業の減少が著しい)していることも影響していますが、この統計グラフ上では、単純に小規模の企業から大規模の企業へ雇用者が移っているとも見えます。
この二つの統計を見ても、中小企業がどれだけ人材を欲しているか、そして、そうであるにもかかわらず、現実には採用ができていないという事実が浮き彫りになってきます。これは、新卒者・転職者が、より大きな、より安定していそうに見える企業を選択する傾向を示唆しています。
最近では、求人難・人件費の高騰による倒産が問題になってきたとの報道も出ています。昨年から今年にかけての消費税増税に伴う駆け込み需要も、求人難に拍車を掛けたと言えますし、“和民”や“すき家”等の人員不足による店舗閉鎖とその労働時間は大きな話題を呼びました。
まだ確定はしていませんが、消費税増税の駆け込み需要はもう一度ある可能性もありますし、建設業界を代表として、今後さらに人材不足が問題となると言われています。そういう我々の税理士業界も、税理士試験の受験者数が前年比90%という致命的な減少をしており、採用難に拍車を掛けそうです。
以上から、今後、中小企業の採用はさらに厳しくなっていく構造にあるのは間違いありません。
それでは、中小企業はこの死活問題ともいえる採用にどのように対応していくべきなのでしょうか?
採用のために自社の大規模化を進めるという思考は、中小企業にとって論外です。また、採用に際して提示する条件を引き上げるというのは“お金で解決する”という意味では選択肢の一つなのでしょうが、既存社員の待遇とのバランスを崩す場合があり公平性を欠く可能性があります。また、その分、人権費が上がることにつながりますので、収益性との関係で検討する必要があります。
また、採用を行う場合、欠員募集と増員募集があります。上記の統計を確認した場合、【1-29人規模】の企業については、欠員を補充できていないため、雇用者数が大幅に下がり、かつ求人数が増加しているという可能性もあります。純粋な増員であれば別ですが、欠員の場合、皆さんもお分かりのように、離職率を改善させるだけで採用の問題を相対的に低下させることにつながります。
欠員となる理由が、給与なのか、労働時間なのか、職場環境なのか…。経営者にとっては、辞めて欲しくない社員に辞められるのが一番困る訳です。だからと言って好待遇を行うというのは別問題ですが、採用よりも離職率を改善させるという視点で自社を再分析するというのは非常に重要な仕事になってくるかと考えます。
そして、今後、中小企業にとって一番必要なことの一つに、“人を採用しなければならない”という思考を捨ててみる点にあるのではないかと考えます。もちろん、言うまでもなく採用は超重要です。採用活動は常時行い、人材が余っていたとしても、余裕を持って確保するということも必要になってきます。
それと同時に、本当に採用が必要なのか?という視点は別の問題です。欠員が出たり、仕事量が増加した場合、まずは採用を検討されるはず。しかし、採用が困難になっているという状況で、採用できるまで待つというのは時間の浪費となる場合もあります。ではどうするのか?
ありきたりに言えば仕事の棚卸という表現になってしまいますが、本当に無駄な仕事がないのかという分析は、より重要性を増すのではないでしょうか。当社も例にもれず採用では困っておりましたが、ある意味、「こちらが求めているような人材は入社しない!」と諦めたことで仕事の見直しを徹底いたしました。
1年後の結果は、全スタッフの総労働時間が20%減少…。忙しいという状況から仕事が足りないという状況に様変わりしました。スタッフからすれば、暇になると不安になるのが当然ですが、経営サイドからすれば売上が上がっている状況で暇になったと言われるのは、何ともうれしい限りです。収益性が上昇して、さらに暇というのは、次の打ち手の選択肢を大幅に広めます。そして、今いるスタッフに暇と言われても、人材を先に確保という意味で、採用活動も同時に行っているという状況です。
前回のメルマガでも触れたように、いつまでも、「未払残業代を支払ったら潰れる!」というような思考がある経営者の会社に将来性はないと考えた方が間違いありません。特に中小企業は事件一つでガタガタになります。もちろん、何でも払えばよいというものではありませんが、払ったとしても経営上問題はないという状態は必要です。
従って、現在のような中小企業にとって不利な採用状況では、定量的な労働時間で、現状の仕事量が収まるように仕事の性質自体を変えてしまうという思考を社内に浸透させないと、採用難と社会保険コストを含めた人件費高騰の悪循環が、経営者の首を一気に絞めます。
さらに、中小企業では業務システムの強化がまだまだ遅れています。人を一人雇う分くらいの人件費を、継続的にシステム投資に使うというのは当たり前の時代になっています。このような継続的な投資が、長期的にも自社の最低必要人員数を引き下げることにもつながります。
繰り返しますが、皆さんがお考えのとおり、採用活動は超重要です。それと同時に、採用の代替策というは、一度真剣に考えられてみるべきではないでしょうか。
経営者の右腕になってくれるような人材というのは妄想の世界の産物ですが、自社の仕事の性質を180度変えたとき、今いる社員の仕事の質が大幅に変わる可能性があります。
一人の優秀な右腕の存在よりも、今現在平凡な10人の仕事の質が変わった方が、中小企業にとっては良い結果をもたらすのではないかと考えます。