シャープの減資

先月、シャープの減資が話題となりました。

シャープの現状を考えれば、減資自体は不思議なことではありません。今回は資本金を1,218億円から5億円にまで減資することになったようです。

減資の目的は多々あるのでしょうが、批判を受けたのは、資本金を1億円にまで減資して、中小企業並みの優遇税制を受けるという話が強調されたためです。

ベンチャー企業は、資金確保のためにベンチャーキャピタル等から出資してもらい、ドンドン増資することがあります。最近ではクラウドワークスなどがよく取り上げられますが、売上よりも資本金の方が多くなることも珍しくありません(このような状態の場合は、ほぼ赤字です)。

資本金を1億円以下に抑えれば優遇税制が受けられるのに、なぜ増資?? と思われる方も多いかもしれませんが、大雑把に言えば、返済義務のない資本金として資金を集めるか、返済義務がある借入金として資金を集めるかの資本政策による違いです。

従って、増資を続けるベンチャー企業にとっては優遇税制等どうでもよいことなのです。むしろ、そのようなことを気にしていては資金を集められません。斬新なビジネスモデルがあっても、実績のない会社に金融機関はお金を出してはくれませんので…。

また、上場・非上場にかかわらず、有名企業でも資本金が1億円以下の企業は珍しくはありません。資金を出資で集める必要がなく、資本金を高額にする必要がないのであれば、優遇税制を受けられる方が良いに決まっています。それが日本の税制です。そういう意味では、Googleやアップルが会社をアメリカ以外の海外に置いて節税している手法と、大きな違いはありません。

それだけ優遇税制のインパクトが大きいということです。

私も何度かお客様の減資をお手伝いしたことがあり、今回のシャープのように1億円超から1億円に減資したこともあります。

「なぜ、資本金2億円なのですか?」と確認させていただくと、

「資本金は多い方が良いと思って…」という回答、

「資本金1億円以下では、このような優遇税制がありますよ」とお伝えすると、

「では、資本金を1億円にしたい」という結論。

中小企業の出資者は、ほぼ例外なく親族のみです。つまり、誰にも遠慮する必要がありません。資金が必要なら、オーナーが貸し付けるか、金融機関からの借入で十分です。

では、そこまで話題になる優遇税制の内容は何か?
代表的なものを簡単にお伝えすると…

  • 税率が低い
  • 設備投資を行った場合の特別償却(減価償却を早めてくれる)
  • 設備投資を行った場合の税額控除
    (投資額の数%を税金から控除してくれる)
    *ただし、資本金3,000万円以下の企業のみ
  • 雇用者数が増加したら税額控除
  • 欠損金の100%が繰越控除(資本金1億円超は欠損金の80%のみ)
  • 法人事業税の外形標準課税が適用されない

お読みいただいている方のほとんどは資本金1億円以下の中小企業と思われます。従って、お馴染の制度ばかりですが、法人事業税の外形標準課税はご存じない方も多いでしょう。これは、赤字でも発生する税金のことです。支払っている給料や利子、家賃などにより税額が決まります。

シャープの減資による税制面での目的は、この外形標準課税の回避と欠損金の100%繰越控除が大きかったと言われています。資本金1億円以下の企業が赤字の場合、法人住民税の均等割しか掛かりません。

つまり、とにかく税額を抑えたいのであれば、資本金は1億円以下が絶対です。税額控除のことを考えれば、ベストは3,000万円以下。ちなみに、売上高が7,000億円程度のヨドバシカメラの資本金は3,000万円です。

ただし、資本金が1億円以下の中小企業でも稀に見受けられるのが、本来適用できる優遇税制が適用されていないという事実です。これは、ご相談者の確定申告書を確認させていただいて我々も気付きますが、ご相談者は気付いておらず、単純に税理士の怠慢処理か税理士も気付いていないのです。優遇税制の多くは勝手に適用されるものではなく、自ら申告しなければなりません。ご注意ください。

そして、今回話題になったシャープの減資は、一つのターニングポイントになる可能性があります。

現在、日本の税制は主に資本金で中小企業と大企業を分けています。しかし、今回問題になったように、「資本金だけで中小企業と大企業を区分してよいのか?」という話は元々ありました。中小企業の中でさえ、資本金1,000万円の10人の企業と資本金1,000万円の100人の企業では、規模と活動内容の次元が違うことはお分かりだと思います。

それが、一民間企業の資本政策に政府が苦言を呈したくらいですから、税制に反映されていく可能性は十分にあります。

つまり、資本金が1億円以下でも中小企業とみなさない税制が導入される可能性があるということです。こうなってくると、中小企業の皆さまも無関係ではありません。

外形標準課税に関しては以前から適用拡大が検討されていますし、現在の政府が行っている法人税改革は大企業への影響が中心で、中小企業はほぼ無関係です。ですから、様子を見ながら、中小企業に対しても課税ベースを拡大してくる可能性は十分にあります。

「企業の大小を分ける基準に、資本金だけというのはやめよう」

という、本来当然でもある事が現実になったら、影響を受けるのは資本金1億円以下の企業です。中小企業の概念を資本金で判断しなくなったら、それは中小企業への課税強化の第一歩です。

資本金1億円以下という今まで当然のように存在した基準を変更するのは、国としても非常に困難な作業ですが、シャープの減資のように世間を賑わせ、「それは当然だよね」と世間が思い始めたときに手を打つのは簡単です。

それでも資本金での判断基準が全くなくなるということは考えられませんが、このようなタイミングで自社の資本金を含めた資本政策を再検討しておくというのは必要かもしれません。何事も、ムダに大きいということはコストが掛かるということです。

利益を削るだけが節税ではありません。「資本政策もあるのだよ」という教訓を改めてシャープは教えてくれたのではないでしょうか。

【追記】
『中小企業の税制優遇基準「資本金1億円」見直し』との記事が日本経済新聞に掲載されました(6月17日朝刊)。資本金に比べて操作しにくい売上高や所得を新たな指標にする案が出ているとのことです。早ければ2017年度にも変更されるようです。シャープ、やってくれましたね…。